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空白妖精と引き算

神谷京介さん『夢の交差』折本化の記録

こんにちは。文芸部員の辰巳ろんです。


 note文芸部の入部特典として折本を作成する企画のお話を聞いたのは、私がサークルに入って間もなくのことでした。折本は幾度となく作っていたものの、それは私の遊びの中のことで、誰かの何かをなんて全く考えてもいなかったものでした。これは、そんな私の折本が、note文芸部の入部特典として完成していくまでの簡単な記録です。


ざっくりご要望と幻の試作1号

どうも、A3サイズだった気がする
だいたい3,000字程度の文章を入れたい

 始まりはこのくらいざっくりとしたご要望でした。とりあえず、入る文字数の目安を確認したいと思い、縦書きのレイアウトをざっくりと作って文字数を数えました。それが試作第1号でした。

1ページ 40文字×18行 720マス
×
6ページ分 →【4320マス】

 紙面では、noteの空白行も、一行につき40文字プラスして考えなければなりません。note画面の表示文字数と違うので敢えて「マス」と書くことにしました。

 サンプルとして神谷京介さんの『夢の交差』の原稿を使うことになりました。noteからコピーした文章を上の文字数確認のために作ったレイアウトに流し込んでみると、目に見えて文字数オーバー、物語はテキストエリアからほとんど溢れ出てしまいました。noteでは3,000字ほどのこの小説は、紙面では6,000字以上の長さがあるのでした。

 試作第1号は、印刷されるまでもなく、画面の上でボツになりました。


始まり楽しく終わり複雑、試作第2号

 方針を変えて2冊にすることにしました。前半部分と後半部分を2冊の折本として作成し、背をテープで張り合わせるのです。そのアイデアが浮かんだのは、この物語が真ん中あたりで交差する、そのような構成になっていたからかもしれません。

 『夢の交差』を読むと、虹色の綿、オープンカー、交差する夢の情景が印象的に描かれています。それをもとに題字やノンブル周りをデザインしてみたらどうだろうか、イラストを入れてみたらどうだろうか、いつものように、遊ぶように、いたずら描きをするように、楽しんで手を加えてみます。

 それから記載しなければならない情報を集めました。表紙に必要な文字を並べ、添え書きに入れる項目を寄せていきます。QRコードも設置してみます。そんな風にして、盛り込める要素を盛り盛り乗せた試作第2号が組み上がっていきました。


空白が生きている

 ところで、2冊に分けるとしても、やはり文章が溢れてしまいます。行間を詰める、文字を小さくする、いろいろ試しながら、改行を削ることも試してみました。

 改行を削って詰めて、また詰めてとしているうちに、文字がマス目に、マス目がまるで部屋のように見えてきました。小さな窓に文字が一つずつ住んでいるのです。そう思ってしまったら、空白マスからは空白の妖精が顔を出しているように見え始めました。紙面レイアウトの画面の中で、たくさんの小さな空白ちゃんたちがひしめき合ってます。

 空白行を詰めていくうちに、空白妖精の息の根を止めているような気がして、削除ボタンを押す指の力が抜けていきました。作家さんの文章に手を入れているという後ろめたさもあり、だんだん悲しい気持ちにもなってきました。余白の良さや大事さはわかっていたつもりですが、空白も生きているということを、これほど強く感じたことはなかったかもしれません。

 これは完全に私の好みなのですが、基本的に文章の改行は少なめでもいいような気がしています。もちろん、個々の作家さんの文章の呼吸やお話によっては、改行が多いことがいいと思うこともありますので、好みといってもそんなに厳密ではありません。そして、この『夢の交差』についても、余白が取れるのならゆったりめにできたらいいなと思っていました。なので、空白を削り、行間を詰めるのは気が引けることでした。

 そんなふうに、試作第2号は、楽しさ半分、戸惑い半分でできていました。


見てもらう、意見を聞く、そして…

 複雑な思いを抱えつつも、なんとか2冊に収めた試作第2号が形になってきました。あらゆるところに手を入れるべき余地を残していましたが、この余地は四方八方へと広がりすぎて、どうもつかみどころがありません。私はそれ以上何かするのを諦めて、一度見てもらうことにしました。

 試作品のPDFと実際に折本を作ってみた写真を、サークルslackにアップしました。A3サイズを折って作る場合、完成した折本は文庫本ほどの大きさになります。ですが、見てくださったみなさんからの反応は、もっと小さくてもいいのではないかということでした。それで、文字が小さくなって多少読みにくくても構わないとの感想だったのです。

 そして、A4サイズ版も試作してほしいとの要望が出ました。

 早速、ずばっと縮小してプリントアウト、A4サイズを折って作ったサンプルを、先に作ったものと並べて写真に撮りました。みなさんに見てもらうと、小さい方がずっといいと好評でした。実際、このサイズは私にも馴染みのサイズでした。手のひらに収まるミニミニ本は本当に可愛らしいものです。サイズは小さくすることに決定しました。

 それから、一枚に収められないかという希望が出ました。


どんどん引き算した試作第3号

 レイアウトを二分の一に圧縮できるのか。その問題に取りかかりました。まずはノンブルデザインやイラストなどを全部削除しました。それから余白を潰して、テキストエリアをページ一杯に広げました。

 そのときふと、本作品は短い会話文が多かったことを思い出しました。2段組にしたらもっと入るのではないかと思いたち、レイアウトを変更しました。テキストエリアは印刷できるギリギリに近いところまでになり、段を分ける余白も少しずつ狭めました。読むとき下段との境が曖昧になりそうだったので、点線を入れてはっきり分けるようにし、その分間隔は狭くなりました。

 ページ番号は、折本を作るときの目安となるので、やはり取り除く決断はできませんでした。小さく小さくしてページの中央、段分けの線の上に乗せました。最後に、文章が全てテキストエリアに入りきるまで、文字のサイズもどんどん小さく、行間を開けたり狭めたりして調節しました。

 文章が全部、何とか入りきったところで、試しにプリントアウトしてみました。文字は初めに比べるとかなり小さくなってしまったにもかかわらず、罫線も入っているし、思っていたより全然読みにくくなっていませんでした。それどころかかえって、本がミニチュアになったような、おもちゃになったようなかわいらしさが増しています。「あ、これだ」とテンションが上がった瞬間でした。

 すっきりとシンプルになった中身に合わせるように、表紙からも煩わしいものはどんどん引き算して、タイトルはずっとシンプルになりました。添え書きの中のレイアウトも、もう一度整理して組み直しました。どんな作品に対しても広く使えるシンプルさと、文芸部としての繋がりを支える共通項だけが残り、その他は結局ほぼぜんぶ引き算されたのでした。

 あと残った場所は表紙を飾るカバーだけでした。自信がなかったものの、ここだけは、より本作の世界を表せるようなイメージにしようと、ぴったりくる、使える画像を探しだし加工して、私なりにカバーを作成しました。そうして完成したのが試作第3号でした。

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 この試作第3号は大筋では高評価を持って受け入れられました。


印刷に不安が残る

 しかし、部員さんの自宅でプリントアウトした際に、縮小印刷されてしまう、文字が潰れるとの報告がありました。家庭用のプリンターではなく、コンビニプリントにしたら画質は上がるだろうということでしたが、これらの不安要素には何かしら手を打つ必要がありました。それから、最終的にコンビニでのプリントチェックも行うことにしました。


折本への思いを書く

 そんな折、折本作りへの思いを書いてほしいという依頼を受けました。

 けれど、私事としてもう一度受け止めてみると、大切にしたい思いは、折本が受け止めてくれていた金平糖のように色とりどりで、綿菓子のようにフワフワとした豊かな時間のこと。折本はぶっちゃけおもちゃの本ですが、手のひらの上にかわいい魔法の世界を自分で作ることができます。この小さな幸せを、みなさんにおすそわけできたらいいなと思っています。
−note文芸部:note非公式部活動『文芸部マネージャー日誌 vol.2』より

 そこで私はこのように書きました。けれど、本当にそんな楽しい豊かな時間を作り上げられたのでしょうか。わくわく意気揚々と取り掛かったものの、結局のところ、私が遊んでいた部分は全部引き算してしまいました。しかし、それで再び作品の言葉そのものが、手の平の上に立ち上がったのは感じていました。ただ、それがどういうことなのか、まだうまく捉えきれていませんでした。

 そして、この企画の折本は、文芸部入部特典として、全部員の折本を作成する予定になっていました。カバーは準備されたものを使うことになりました。効率を考えても、個々のカバーを準備するのはやはり労力がかかり過ぎてしまいます。それに、共通のカバーを使った方が、文芸部の折本シリーズとしての統一感が生まれます。私もこのアイデアには賛成で、最終的にカバーも引き算されました。


みんなの力で一息つく

 カバーデザインを担当したのがKojiさんです。Kojiさんは、個性豊かな部員さんたちの文章をきちんと包み込めるように、様々なことを検討してタイプの違うカバーを3種類用意してくれました。それらは、作品に選ぶ楽しみも、作品が包まれる幸せも感じる素敵な絵たちです。

 そうして私が引き算したものが、ふわっと折本の上に戻ってきました。

 また、原稿も、作者の神谷京介さんが再度改行等の調整を行ったものと差し替えることになりました。練り直された空白のマス目。そこに住む妖精たちの笑顔が、再びマスの窓に並びました。今度はどの空白妖精も潰されませんでした。きゅっとしまった原稿になっていたので、行間を少し広げ、文字サイズを若干大きくすることもできました。

 紙面がほっと一息ついた気がしました。

 みなさんの意見を取り入れ、作者と表紙デザインのお二人の協力により、この折本の完成度はずっと引き上げられました。


試作第3号から完成品へ

 カバー画像を3種類の中から選んでもらい、タイトルと添え書き周りに調整を加えました。印刷時の画質を保てるよう、思いつく限り、要素の設定に細かく手当をしました。完成データは、わくわくする仕上がりに近づいていました。

 完成前のPDFファイルを持ってコンビニへ向かいました。少々どきどきしたものの、印刷チェックは概ね良好でした。そのことを報告し、最終的な修正箇所を確認してもらいながら、実物を見て感じた配置の違和感を可能な限り取り除くように最後の微調整をします。そうして、最終チェックが済み、ついに完成品を納品することができました。


note文芸部折本―神谷京介さんの『夢の交差』完成!

 自分が載せてみたあれもこれも引き算しましたが、それで本当によかったと思います。この折本は「私」の折本ではなく、ぴかぴかのnote文芸部の折本―神谷京介さん『夢の交差』折本版になりました。この試作品作りを通して、そうしたデザインの過程をもう一度確認することができました。

 いつか、もっとこうすればよかった、ああすればよかったと思うこともあるのかもしれません。最適解は他にあり、まだまだ至らない場所、気づいていないこともきっとあるでしょう。そうしたことへの解像度を上げていくという課題があります。けれど、今、私だけでは達することができなかった形で完成品となった、この折本にとても満足しています。

 そして、これからこの折本に、部員さん一人一人の魅力溢れる原稿を受け入れていくのを楽しみにしています。その物語、その文字ひとつひとつ、その空白マス、その表紙、そのページ。個々の作品を活かす調整を、文芸部のみなさんと一緒に検討しながらしていきます。そうした折本なら、手のひらの上にそれぞれの作家さんによる魔法の世界を、自分で作り上げる楽しみと幸せを、きっとお届けすることができます。これから順々に発表される、note文芸部折本シリーズを、ぜひ楽しみにして頂けたらと思います。

きっと印刷して、実際に折本、作ってみてくださいね!





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部誌作るよー!!