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ある家族の風景 #すこし先の未来 #シーズン文芸

note文芸部がお送りする #シーズン文芸 創作企画。
5・6月のテーマは「すこし先の未来」。

本日はこの方、オガワジョージさんです。







2020年7月22日。今日から一時的に新潟の実家に帰省している。
こちらの方で無視ができない事情があったということと、さすがに何年も家族の顔を見ていないので帰らなくちゃという思いがあった。


僕は18歳の時に実家を出て、一人で上京してきた。
上京と言っても、埼玉県の大学近くの団地に住んでいたんだけれど。
僕はどちらかと言えば上手く一人暮らしをすることが出来ない質だった。
特に金銭面。
親のすねをかじりたくないという考えだけはあって、バイトもしていたし奨学金も借りていたけど、友達と飲み食いする美味しいラーメンとかお酒とか、サークルで合宿をするための旅行費とか、学年が上がるにつれて出費がかさむ様になり、仕送りという形で親の細々したすねをかじることが多くなってしまった。

三年生。夏休みも冬休みも実家には帰らなくなった。
電話は片手で数えられるくらいしかしなかった。
四年生。将来のことを考えあれこれと動き始めた。
新しいことをするにはお金がかかった。
親には、お金のこと以外で電話をすることはなくなった。
パートのおばちゃん達にこのことを話すと
「かじれるときにかじった方がいいし、そんな頻繁に電話されてもねぇ」
と話してくれた。

今は...浪費せずに必要なものだけを買うようにしているし、舞台の出演が決まったら連絡するようにしている。
ただ、昔の僕は稼いだバイト代と借りた奨学金を使い切って、60を過ぎた両親の生活をじわじわと苦しめ何年も親に顔を見せず心配をかけ続ける生活を送っていたことは間違いないので、喜ばしい連絡でも気まずさが交じってしまうのです。


5月。母の日。駅に向かう道路の途中。
舞台に出演することが決まっていたが、電話せずにいた。
今日は母の日という口実をつけて、母親より先に姉の方に電話をかけた。

「もしもーし」

姉の声の後に、遠くの方で二人の子どもの声がした。

「あー、待っててー! すぐ終わるからー! どうしたの?」
「あ、いや、母の日だから」
「…かける相手間違ってるよ」
「いやそうだけどさあ。そうじゃなくて」
「ははは。なに?」
「いやさ、二児の母な訳だし」
「あ、そう。ありがとうね」
「うん、あ、で、もう一個あるんだけど」
「あ、ちょっと待って!」

ぐずる声に申し訳なく思いつつ、舞台のことを一通り伝え終わる。

「おめでとー。着々と進んでるみたいだね」
「ありがたいね」

とかなんとか話した後に、

「あ、そういえばお母さんから聞いてるかもしれないんだけど」
「何を?」
「高柳のおっちゃんのこと」

おっちゃんは父親の兄にあたる人だ。
実家から車で二時間くらい、山奥の茅葺屋根の家に一人で生活している。

「え、おっちゃんどうかしたの?」
「おっちゃんね。病院に入院することになったのね。お家で倒れたって」
「え、大丈夫なの?」
「ん、肺がんなんだって。レベル4」
「え……、末期ってこと?」
「うん。あと半年くらいかもって」

僕が小さい時からセブンスターをよく吸っていた。
おっちゃんが手入れをしている畑が見える、ほんの少しの小さくて古い縁側に座って、夏の空を見上げながら美味そうに吸っていた。
白髪頭に泥で薄汚れた白のタンクトップ、よれた股引きにベージュの腹巻といういかにもな姿で煙を吐くおっちゃんは、子どもの頃の憧れでもあった。
なんだかおっちゃんらしいなぁと思った。

また何かあったら連絡するね、と言って通話を切る。

今までの人生で、自分の親しい人が死にそうになっている、という経験がなかったので、頭がこんがらがった。でも、泣きはしないという妙な感覚。
らしいなと思ったってことは、受け入れられたってことなのか。しかし、もう会えないって思うと何だか悲しい。整理をしようとするとおっちゃんとの想い出がチラついた。いや、全然死にそうじゃないじゃん。
死ぬって身近なんだなぁ。
って思ったこともあとで忘れちゃうんだろうなぁ。

母親に電話をかける。

「はいはい。どうしたの?」
「母の日だからさ」
「あーはは。ありがとさん」
「いつもお疲れさまですということで」
「はいはい」
「あ、あと舞台決まったよ」
「おー! おめでと」

とかなんとか……。

「あ、そうそう。高柳のおっちゃん」
「あ、聞いたよ。姉ちゃんから」
「うん。まぁ、入院することになったから。どうなるかまだ分からないけど、一応ね」
「うん」


7月23日。病院の一室。

「久しぶり」

おっちゃんはベッドに横たわったまま、窓の外に向けていた目をこちらに向けた。顔はこけていて、しわがより深くなっている。

「じょうじか。久しぶりだの」

わずかにしか動かない口元と喉ぼとけがくっきりと見える。
おっちゃんは枯れている。

「どう、具合は」
「お?」
「体調どんな感じ?」
「体調か? 分からん」

おっちゃんは細い目をもっと細め、微笑む。
久々に見るこの笑顔。

「そっか」

僕はこの2か月間そんなに落ち込んではいなかった、と思う。
正確には、仕事もあったし舞台もあったから、向き合う時間がなかったと考える。
おっちゃんと向き合えたのは電話の後の数分だけだったと。
すっかり忘れていたことを思い出す。

人は、何かに向き合ったら向き合った分だけ厚くなれる気がする。
僕は薄っぺらの浅い心でおっちゃんに近づいている死と対峙する。
かける言葉が見つからない。

僕が次の一言に迷っている間に、おっちゃんは天井を眺めている。
僕はベッドの横のイスに座り、ただただ隣にいる。





オガワジョージさん、ありがとうございました!
それでは次回もお楽しみに。


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