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少年時代のギャップと不毛なカウンター

ワカサギソリの補修と脱線中。
汚れか指紋か分からないくらい傷だらけ。

上州屋とキャスティングとイーハトーブ釣具店と、PROXとホーマックとコメリと、このサイズの岩洞湖レストハウスのステッカーを貼りたい。

ステッカーが好きなのは、きっと小さい頃に夢中になったビックリマンやガンダム(マグネット)の名残り。
見かけるとつい手がのびます。

滝沢に住んでいた小学生時代、北陵中学校の道路向かいにあった大善ストア(現在は閉店)に毎週入荷されるビックリマンチョコは、それはもう争奪戦だった。

当時、共働きの家は少なかった気がするけど、共働きの家の息子Y君はおやつと夕飯代を毎日貰っていて、見かけたら財力にものを言わせ箱で買い占めるという大人買いをするやつだった。

それはもう、羨ましかった。悔しかったし。
こんな事ができる家、いいなあ、なんて。

ある大雨の日、いつものように登校前にY君の家へ迎えに寄った。

見慣れた2階建ての大きな家、庭には広い芝生。車は左ハンドル2台。

余りの土砂降りを見かねたのか、ありがたい事にY君の母親が車で学校まで送って下さった。

立派な白い外車の中で、爆音で流れていた”どうしてどうして ぼーくーたーちーはー 出会ってしまったのーだろー”の歌。

後部座席で揺られながらボンヤリと、ああ、Y君の家とウチは違うんだな、と、幼心に感じたのを覚えている。

ウチの親は流行り廃りに全くアンテナが伸びない人で、上野発の夜行列車やお岩木山で手を振ったような演歌を母親の鼻歌で自然と覚えられるような家だった。

当時、車は1台、平屋の貸家、庭は狭く陽が当たりにくく、母は専業主婦でしつけにやたら厳しい。小遣いは月に数百円。

ありがたい事に、生活に不自由したことはなかったけど、アナザーライフに憧れを持たせるには充分なギャップだった。

現在の浪費癖(先行投資)やステッカー好きなのは、幼い頃に経験した羨ましさや悔しさへのカウンター、反動なのかもしれない。

だとしたら不毛だ。取り戻せるわけがないのに。

まあでも、ステッカーライフくらいは良いよね。