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懊悩タイムトラベルVol.2-4

同棲。
たぶん僕がずっと憧れていたことの一つ。
でもそれは憧れなので実体を伴っていない幻想でもある。
僕はそのことをよく分からないままでいた。
いや、18歳で理解している方が珍しいと思うから無理もない。
仕方ないよね、と言っておかないとあの頃の僕が報われない。

彼女の家に転がり込んで数日は家で彼女の帰りを待っている忠犬のような生活をしていた。
ただ待ってるだけだ。
そもそも家事ができない上に勝手の分からない他人の家なのでなにもすることがなく待っていることしかできなかった。
何より出かけようにも鍵がない。
忠犬というよりも野良犬が転がり込んできたようなものかもしれない。
実に役に立たない存在だった。
若さというか無知というかバカ男の典型で愛さえあれば良かったんだろう。
その愛すら分かっていなかった訳ですが。


ところで彼女の日常に入り込んで…というか踏み込んでいくつか気づいたことがあった。
まず彼女の仕事がグレーゾーンのデート商法だった。
後々もしかして僕も最初はカモだったのかもしれないと思うこともあった。けど未成年なのでローンを組むことができないしお金もないので少し考えすぎかもしれない。
次に気づいたのは生活感のなさだった。
彼女の留守中にお腹が空いたので冷蔵庫を開けたらビール以外ほとんど何も入っていなかった。
部屋も整理整頓されているというより生活感がない。
まるでショールームみたいだった。
なのに彼女のベッド周辺はそれなりに散らかっていた。
考えてみたらこの部屋は3LDKなので一人で暮らすには広すぎる。
どう考えても普段ここにいないか誰か他にいないとこうならない気がした。
今と違って18歳の純朴でデリカシーのない僕は率直に聞いてみた。
仕事は思っていたより濃い目のグレー。
無駄に広かったり生活感のない部屋の疑問は定期的に親が滞在しているからだった。
正直、仕事については変えてほしかった。
ワッパがかからないにしてもかなり危ない橋なのは間違いなかった。
他のことは気にならなかったけれど仕事だけはどうにかしてほしかった。
これは今の僕が大嫌いな「良かれと思って」である。
大概、この発想は相手の価値観を無視しているので良い結果にはならないことが多い。
僕はこの良かれと思ってを連発して立て続けに押し付けたことで彼女にすごいストレスを与えていたんだと思う。
つまり僕は彼女の世界を破壊していた。

3日後くらいに彼女は考えた末に仕事を辞めた。
けれど浮かない表情になることが増えた。
僕は仕事なんて山ほどあるから大丈夫なんて学生ゆえの無知で励ましていたけれど自分に原因があるなんて全く思わなかった。
と、彼女は突然メンタルクリニックに行くからついてきてほしいと切り出してきた。
当時、メンタルクリニックが何か分かっていなくて病院なら心配だから…くらいの感覚でついていった。
まさか数年後に自分がお世話になるとは知る由もなく待合室でぼんやり座っていたけど周りからは奇異の目で見られていた記憶はある。
その日彼女から摂食障害の診断を受けたと聞いてもよく分からないまま「原因は?治るの?」なんて聞いていた。

原因は僕の一言だった。

僕は彼女の日常だけでなく心も破壊していた。
それからは前のように外食をしてもほとんど食べることができなくなり部屋にいてもぼんやりしていることが増えていた。
なのにセックスだけはやたらと求められるようになりさすがの僕も明らかにおかしいと感じる日々が続いていた。
このまま放ってはおけないと思いつつ僕はまもなく明ける春休みのことも考えなければならなかった。
この時点で僕は熊本大学へ進学して民俗学を専攻したいと考えていたし、何よりも家出みたいな真似をしてるのもマズいと考え始めていた。
そんな矢先。
彼女の両親がやってきたのである。
いくら世間知らずのバカでも状況くらいは理解できたので僕は責任を取るためにも腹を括って彼女と結婚する約束をした。
大学進学はしたかったので札幌近辺の大学にすればそばにいることができる。
そのために卒業までの一年は待ってほしいことをご両親に伝えた。
妊娠させてしまったわけでもないのにご両親と対面して結婚について話すというのは18歳には少々、ヘビーだったけれど元を正せば僕の言動にある。
しどろもどろになりつつも伝えるべきことを伝えて了承を得ることができた。
そしてぼくは横浜に戻り自分の親にも同じことを伝えた。
もちろん凄まじく反対されたけど僕の人生は僕が決めると押し切って春休み明け早々に進路変更を申し出た。

しかし物事はそうそう上手くは進まない。
彼女は突然、摂食障害の治療のため精神科の開放病棟に入院してしまったのだった。
この日から僕は友だちよりも彼女。
バンドよりも彼女。
勉強以外は彼女という生活にシフトした。
するとあっという間に人が離れていき僕は孤独な日々を送ることになってしまった。
けれど彼女の苦しみに比べたら僕の環境はぬるま湯みたいなものだから…と自分に言い聞かせながら毎日、学校が終わると病因のナースセンターに電話をして10分間だけおしゃべりをした。
絶対に彼女を救ってみせる。それが僕の責任だと胸に刻んで毎日を過ごしていた。

けれどある日。
外泊許可を取った際にOD(過量服薬)してしまったと連絡があった。

あまりにも暗くヘビーなので今回はこの辺で…
またもや暗い話に目を通してくださりありがとうございました。



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