真実の盗撮事件簿 十九 草津町の努力


 関東系盗撮グループの商品をキャプションしていた時、一人の女性が使用している青色のタオルに私の目がとまった。

 キャプションの精度を上げ、1分間500枚近い枚数で出力した結果、「草津賽の河原」という文字が確認できたことから、インターネットで検索した結果、群馬県草津町が運営する浴場施設であることが判明した。

 この特定については、盗撮映像から出力し、特色と公開されている情報とを照らし合わせていく作業なのだが、露天風呂の場合、99%の確率で場所が特定できる。そこで、黒木氏にメールに添付した資料を送付し結果、週刊アサヒ芸能の誌面にて「問題摘出スクープ」として、3種類の盗撮特集を組むこととなった。

 その第一弾が、この草津町で起こった盗撮なのだが、場所が草津なだけに和歌山から行くとするなら一日仕事になる。また取材費を考えると、経費の問題もあることから黒木氏が一人で草津町へ行き、取材をすることとなった。私自身、事後報告を受けただけなので、詳しくは週刊アサヒ芸能第六十巻六十四号平成十七年十二月一日号より抜粋する。

  草津町観光公社浴場事業部総支配人小林正美[直平1] 氏は今回の撮影時期は「不明」としたとしたうえで、こう言う。「実は『西の川原大露天風呂』を巡る盗撮騒ぎは、5年から7年程まえにもありましてそのときは、一斉に裏山を調べたことがあります。

 すると、ふだん人の入らない場所に人が歩いた後のような獣道のようなものが見つかったのですが、よくよく調べてみると、視界を遮るために設置した板塀が逆に犯人の隠れ場になっていたことがわかった。

 そこで急きょ警備会社に依頼して、裏山に向かって防犯カメラを設置したわけですが、それからは、一日に三~四回ほど職員が見回っています。

 今ではほとんど足跡が残っていないというのが現状なのですが、いつどこからどうやって入ってくるのかがわからないので『職員が見回っています』というアナウンスを流して可能なかぎりの防犯対策を講じています。」

 そして小林氏は、「盗撮は全国的な問題」としたうえで、今後の対策について「これで完璧ということはないのですから、われわれはこれからも完全を目指し、お客様の安全をお守りするために従来の防犯体制をさらに強化しより安全を目指します。」

 では具体的な方策は?「われわれにはお客様に安全を提供しつつ自然を満喫してほしいという思いもあり、03年には盗撮防止のために女性用の露天風呂にヒサシを設けました。お客様自身が、入浴場所をチョイスできるようにしたいと思ったからです。

 しかし、今後さらヨシズ(竹を細かく編んだもの)を張った小屋を造ることも考えます。」(以上、本文抜粋)

  草津町の対策は、本誌に書かれているだけではないことを、この時黒木氏から聞いてはいたが、内心「本当ですか?」という思いが強かったことを黒木氏は薄々感じていたと思う。

 なぜなら、関西系の浴場施設でこの様な対応しているところはなく、どの企業も寝とぼけた状態であるようにしか私自身感じてなかったからである。  だからかどうか分からないが、翌年1月、週刊朝日にて掲載した「あの美人タレントも入浴騒動で巻き込まれた野放し盗撮現場の実態」の取材の中で、黒木氏から私に同行取材の声がかかった。

 いつも突然の電話でスケジュールが入るのだが、この時も同じだった。「明日一緒に草津に取材に行きましょう。」と連絡が入ったのは前夜8時頃。

 多忙な黒木氏と私の行動は、いつも突然スタートするのだが、スタッフに連絡を入れ、仕事の段取りをつけ、半ば強行に行くのが常である。そうした中で、草津温泉一泊二日の超強行スケジュールは組まれた。

12月6日
 早朝一番の特急くろしお号で和歌山を出発し、新大阪駅から新幹線で東京入りした。正午過ぎに上野駅で黒木氏と合流し、上野からJR新幹線あさまで高崎まで行き、JR吾妻線に乗り換え、袋倉駅に着いた時には、既に日も落ちた頃だった。電車を降りると、駅前の道路の端には雪が積もっており、そんな中をバスに揺られ、ほぼ丸一日がかりの草津入りだった。

 草津温泉の盗撮については、公開資料のみで特定し、最終の確認は黒木さんが行ったため、私自身が草津へ来たのはこの時が初めてだった。私の好きな硫黄の香りと湯気が立ち込める中、キャリーを引き、旅館へ向かった。その後、旅館で内風呂につかり、食事を取ってから草津名物の貰い湯へ行くこととなった。

 草津に来る前に、黒木氏から草津温泉が盗撮犯からお客を守るために様々な対策を講じてきたのは聞いていたが、ポップに書かれた「温泉主義」の一言に、草津町の人が温泉について思う強い愛情を感じた。

 翌朝、雪の積もる中、私達は草津観光公社小林正美氏を訪ねた。
前回、黒木氏が取材に訪れた時のことを踏まえて、再度私が「盗撮犯罪」への取り組みについてお伺いした。小林氏は当時のことを振り返り、「映像が出回った当時、町中で大騒ぎになりました。

 対策として何をすればいいのか、みんなで何度も話し合って考えましたが名案はありませんでした。しかし、我々は、人の裸を扱う仕事である以上、事実をなかったことにはできません。事実を認めた上で、可能な限りの方策を練ろうということになったのです。」そういって、対策を講じた当時の資料を見せながら説明して頂いた。

 草津町では、女性専用の露天風呂を覆うように塀を建て、さらに裏山を回り不審者を立ち入らせないために警告看板を立て、雪深い山を日に何度も周り、小さな動物でも感知できるセンサーを取り付けるなど、私が想像していた以上に対策している状況を知ることができた。そんな小林氏の一言一言に、責任の重さを感じるだけではなく、人としての誠実な姿に感動したのは言うまでもなかった。

「完璧はないのです。」小林氏の言葉の重さは、本気で盗撮犯罪と向かい合ってきたから言える現場の一言だと思った。
草津を愛し、草津温泉を楽しむ為に、町全体でお客様を守るという強い信念を一言、一言に感じた。

 取材を終えた私達は、盗撮現場である賽の川原大露天風呂に向かった。
道中、地熱で雪が解けていたので、難なく辿り着くことが出たのだが、ここからが大変だった。

 資料として、防犯状況等を撮影させて頂くことに事前に許可をいただいていたが、実際雪山での撮影は本当に甘いものではなかった。

 当日、観光公社への取材のため、私はスーツ姿だった。
もちろん革靴だったので、雪山の中を歩くことなど想定していなかっただけに、下半身ずぶ濡れ状態で雪深い周辺の山を歩いた。

 足を入れていないところに一歩を踏み入れると、私の膝まで入り込む。こんな中を施設の方達は、悪質な盗撮犯罪からお客様を守るために巡回するのだから、本当に大変なことだということを痛感した。その後、露天風呂に入りながら、思ったことはただひとつ。
「家族と来るのなら必ず草津に来よう」と。それは私が盗撮事件の被害現場ではじめて感じたこと。本当に安心できる場所として。

週刊朝日2006.01.20






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