『ザリガニの鳴くところ』 - ディーリア・オーエンズ

 ネタバレ(的な言及)を含むかも知れない。

読み上げ(Audible)

 Audibleで消化した。典型的な声優演技なのがキツかった。どの声が誰なのか、それが男なのか女なのか、子供なのか老人なのかを記号的に指示することだけに特化したようなあの独特の学芸会っぽさ。そもそも自分は読み上げで声色を使い分けたり演技したりするのに反対なのだが、このナレーションは特に苦痛だった。
 ジャンピンやメイベルなど(たまたま)うまく一致していて違和感なく聞けるところもあるのだけど、とにかく主人公がダメだった。ああいう育ち方をして、ああいう状況に置かれた7歳や8歳の少女の感情を全く汲み取っていないにも関わらず、ただ「少女の声といえばこう」という調子でアニメキャラクターみたいなテンプレ演技を当ててくる。本当にきつい……。これなら全部棒読みしてくれた方がいい。単に安っぽく薄っぺらく感じるというより「本に書いてない情報」を上書きしているのが冒瀆的だと感じる。量産アニメの雰囲気を持ち込んだことが許し難い。しかし読んでいる作品の内容それ自体が変わるわけではない、Siriに読み上げさせるよりはマシなのだと自分に言い聞かせるのだがやはり興醒めさせられる。
 他には湿地の生き物として「鷺」が頻出するのだが毎回「詐欺」のアクセントで読んでいるのが気になった。作品に集中できなくなってしまう。声優には詳しくないのでどうせ今時のアイドル声優なんだろうと思っていたが、調べてみたら割とキャリアのある人で少し驚いた。
 実際これのせいで読み飛ばしがちになってしまったので真面目に読みたい人は紙かKindleで買った方がいいと思う。

内容

 1969年の事件を挟んで、そこに至るまでの過去をストライプ状に、交互に見せているのが効果的だった。こういう手法に名前があるのかも知れないけど分からない。“結果”を半ば読者に知らせてから、いわば先にネタバレしておいてからそこに至る経緯を辿っていく。どうしてそうなったのだろうとむしろ想像をかき立てられるし、或いは結果の方がむしろ予想とは違うんじゃないかという選択肢も残っていて、話の見せ方としては素晴らしく上手いと思った。

 少年を殴る辺りがピークだった。本当に凄まじい小説を読んだと思った。読者の良識を刺激して主人公をいくらか批判的な目で見るように仕向けてから、そこに別の倫理を・美徳をぶつけてくる。そこで読者は他でもない自分自身の矛盾に気付くだろう。観念をただ言葉で説明するのではなく実感として体験させる。これこそが小説なのだと思う。読書とは紛れもない「体験」なのだ。

女流作家

 村上春樹を読んだ女子生徒が「成人男性ってこんなセックスの事ばかり考えているのか」と衝撃を受けたという話を最近Twitterで見たのだが、これとちょっと似たようなところがあって、自分は昔初めて女性作者の小説を読んだ時から「女ってこんな恋愛のことばかり考えているのか」と感じていた。(ちなみにオースティンの『自負と偏見』だったと思う。内容を知らないで読み始めてあまり面白くないので途中でやめた。)それ以来今日まで女流作家に対するこの印象が変わることはなかった。
 だからこの作品には「そうじゃないところがすごい」という好ましさもあったのだった。しかし中盤くらいにはやはり恋愛メインになってくる。実を言えばこれには案の定だ・結局こうなるのかという事も感じたが、この年頃のカイヤの心情は女性作者にしか書けないし、女性作者の書いたそれが正しい描写なのだろう。だから面白くないと言っても仕様の無いことだ。

 湿地に住む生き物の求愛行動や性戦略を引き合いに「人間のオスも同じなのだ」と帰納的に世界を受け入れようとするプロセスは、こういう考えに馴染みのない人には新鮮に感じたりもするだろうか。堰を切って溢れ出ようとする感情の奔流を科学的理解で押さえつけ補おうとするその防衛機制は女性よりも男性にむしろ親しみ深いものかも知れない。作者自身がむしろこういう考え方をする人なのだというのが伝わってくる。基本的にほとんど全体にわたってドライな描写がされているので読みやすかった。(最後まで読むとこの印象は少し(角度が)変わるかも知れない。)

その他

 南部の湿地帯の自然の描写がすごくて、物珍しくて、こんな小説は読んだことがないと思った。実際あまり類型のない珍しい小説だったし面白かった。人を選ばず誰にでも勧められそう。
 アメリカじゃ500万部のベストセラーだったらしいが日本じゃあまり流行っている気配がない。単に日本人は趣味に割ける時間がなく読書習慣を持つゆとりがないからじゃないか。
 ちなみに作者のディーリア・オーエンズは動物行動学の学者で、子供の頃から小説家になりたいという夢を持ち続け、70歳で初めて書いた小説がこれだそう。この辺も話題性がある。

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