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新国立劇場 初台アート・ロフト特集記事「ホフマン物語」ジュリエッタ衣裳修復プロジェクト~vol.1~

衣裳を保存し、後世に繋げる価値を考える

新国立劇場の公開スペースには、「初台アート・ロフト」という名前の衣裳展示ギャラリーがあります。そこでは、実際に舞台で使用された衣裳や精巧なレプリカたちが、修復され、舞台とはまた違う空間で新たな輝きを放ちます。

後世に、モノを残す価値。

その意味を思索しながら新たに生まれ変わった展示スペースです。

初台アート・ロフト特集記事。記念すべき第一回目の対談相手は、ギャラリー展示を監修されている衣裳作家・桜井久美さん(アトリエヒノデ代表)とテキスタイルデザイナーの牛尾卓巳さん(http://www.ushiotakumi.com/index.html)にお話を伺いました。
「衣裳に新たな生命を吹き込む」という願いのもとに修復作業と向き合うお二人のお話は、私たちが忘れかけている手仕事の価値を思い出させてくれます。

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■ 衣裳は時を超えて語りかける
世界中に広がる“アーカイブ”という願い

—— 衣裳修復プロジェクトはどのようなきっかけで始まったのでしょう?

桜井久美(以下、桜井):『紫苑物語』(2019年 新国立劇場にて上演)に、私が衣裳スーパーヴァイザー、牛尾さんが素材テキスタイルとして関わっていたのがきっかけかな。『紫苑』の本番後に、私が劇場ギャラリーに当時の衣裳を展示したんですけど、牛尾さんにも見に来てもらったんです。展示品を見ながら話しているうちに、『ホフマン』の衣裳に目が止まって・・・
牛尾卓巳(以下、牛尾):日差しを浴びてだいぶ色が変わっちゃってましたね。それを直せないかって話になって。
桜井:そうそう。元々、衣裳をアーカイブとして残しておきたいっていう想いがあって。でも、残すならやっぱり綺麗な状態にしてあげたいし。そんな経緯で衣裳修復をすることになりましたね。日本としては初めての試みなので、成功するかは牛尾さん次第ですけど(笑)。
牛尾:プレッシャーがすごいですね(笑)。

—— 舞台衣裳のアーカイブ保存についてお聞かせください

桜井:ファッションの世界では、当時の文化や社会を後世に繋げるためのアーカイブ保存という意識が60年ほど前から浸透していました。ただ、舞台衣裳に関してはまだ広がっていなかったんです。舞台衣裳って特別にデザインされているものだし、その時代の生活や文化からはある種かけ離れているんじゃないか、と。それなら捨てた方がコストダウンだし・・・と考えられてきたんです。でも、その流れは今世界中で変わりつつあって。やはり舞台衣裳も残すべきだという想いで変化が起きていますね。

—— 舞台衣裳にも歴史的・文化的な価値があるということですよね

桜井:そうです。舞台衣裳保存の価値が見出されたのは15年ほど前から。少しずつ各国、国立劇場で始まりましたが、10年前フランスでは世界で初めて「国立舞台衣裳博物館」を設立し、アーカイブの研究が始まりました。舞台は“消えもの”だけど、あとに残った衣裳や装置はそこからまた生きてくれて、私たちに色々なことを教えてくれる。その衣裳がなぜそのように作られたのか、その時代は、その頃の社会情勢は、と調べていくと面白いことがたくさん分かってきます。例えば照明装置の発達によっても衣裳は変わります。最初はろうそくだったところから照明ができた途端に色味への影響もあって、今はまたLEDになって変わってきている。私も担当している舞台が突然LEDになったりするとすごく焦ります。見栄えが全く変わっちゃうので。使われている素材や技術のことなど、衣裳が作られた当時を想像しながら調べていくと、一個の衣裳が本当にいろんなことを教えてくれます。

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■ 現代舞台衣裳で、国内初の試みとなる「色の修復」
試行錯誤を繰り返しながら吹き込む新たな生命

—— ジュリエッタの衣裳といえばピンク色がとても鮮やかで印象的ですよね。今回お二人と一緒に見直してみて、あのピンクは2色を使い分けて出しているということを初めて知りました

桜井:間近で見て本当の色に気づきますよね。客席からは絶対に見えないはずなのに、そこに込められた並々ならないこだわりを感じます。その意図に反しないよう、いかに再生させるかというところでね、牛尾さんが頑張っています(笑)。
牛尾:あの衣裳の光沢感も損なわないようにしながら、いかに色を出すかを考えています。顔料などの染料はマットな仕上がりになってしまうので、それだと衣裳の表情が変わってしまいます。あとは、せっかく色を出せたにしてもそれをどう定着させるかも難しいです。色を定着させるには薬品を使ったり熱処理を加えたりする方法があるんですけど、今回は絹なので薬品は使えない。また衣裳として形になっているので熱処理も難しい。どちらもできないんですよね。その辺で試行錯誤を繰り返していますね。

—— 色の定着、ですか

牛尾:今回の修復はアーカイブとして保全・保管するということが目的で、人が身に付けるわけではありません。でも、保管するにしても移動する時に触ったりする。そのときに色が手に付いたとなったらよくないので、それに耐えうるぐらいの堅牢度は欲しいと思っています。今は大丈夫と思っていても、あとで色が抜けちゃうと意味がないんです。
桜井:保管環境も影響するからね。湿度が高いとダメージになるし。新国立劇場ではその辺もコントロールしているので安心ですけど。

—— 初めての試みとあって、やはり創意工夫が必要なんですね

桜井:破けたり崩れてしまった衣裳の修復は国内でもやってはいるんです。ただ、今回のように色が全体的に変わってしまったものを元どおりにするということは例がないですね。そういう意味では新しい挑戦という価値があると思います。「この素材はこうすれば上手くいった」みたいな知恵としてね、牛尾さんが見つけたことを記録していけば今後の衣裳修復に役立つだろうと考えています。
牛尾:今試しているのは褪せた部分に刷毛で色を置いていくという方法ですね。そこにスチーマーを当てて、少しずつ色を定着させていく。通常なら40〜60分くらい蒸し器にかけるんですけど、生地への影響も考えて手作業で少しずつ当てています。
桜井:舞台衣裳の修復、そしてアーカイブとして保存する。文化的にも価値の高い活動の、その初めの一歩だからこそ高いレベルでやりたいですよね。一例目のレベルが低いと、そこからどんどん下がっていきますから。逆にここのレベルが高いと、続く活動の水準も上がると思います。それが展示のレベルにも影響すればいいなって思います。倉庫に眠っていた衣裳をただ並べるんじゃなくて、舞台とはまた違う、“新しい生命”を吹き込んであげるような展示にしていきたいので。

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シリーズ最初の対談はここまでとなります。
次回、vol.2では衣裳修復に込めるお二人の想い、若きアーティストへのメッセージなどを伺います!そちらもぜひご覧ください!

新国立劇場 初台アート・ロフト『ファンタジー展』について       ☞☞☞詳細はこちらもご覧ください

対談者紹介
桜井久美さん

パリ・オペラ座の衣裳部へ押しかけて衣裳を学ぶ。その後、オペラやバレエなどの衣裳をロンドンのアトリエスタッフと共に担当して、ヨーロッパ各地の劇場で3年半働く。
帰国後、衣裳デザイン、リアリゼイト、製作室としてアトリエ・HINODEを設立。一連のスーパー歌舞伎や紅白歌合戦、オリンピックセレモニー衣裳などを幅広く手がける。
V&A「ヴィヴィアンウエストウッド展」、ニューヨーク・メトロポリタン美術館「ジャクリーヌ・ケネディ展」、パリ・オペラ座「白鳥の湖」、ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場「影の無い女」、ベルリンのシャウビューネ劇場「サド侯爵夫人」など、多くの話題作を手がけている。
早稲田大学、文化女子大学、武蔵野美術大学にて講師を勤める。

牛尾卓巳さん
広島県生まれ。武蔵野美術大学大学院修了。在学中にテキスタイルを学び、繊維素材の持つ表情の豊かさと可能性に惹かれる。 国内外の美術館、ギャラリーでの作品発表のほか、舞台美術、衣裳のデザイン、制作も行う。
2018年に「The 5th Textile Art of Today」 Excellent Award賞
を受賞するなど、国内外を問わず高い評価を受けている。
現在 相模女子大学准教授、多摩美術大学非常勤講師。

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