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地獄と理科と道徳と 後編②

「せんぱーい!」
「待て! 俺はここで休んでただけで!」
「問答無用!」

 地を蹴って高く跳ぶと、右足を突き出す。それはそのまま先輩の顔面にヒットした。この攻撃を受けてもまだ倒れないなんて。やっぱり鬼って頑丈なんだな。

「いでー!!」
「ちづさんとイチャイチャしないで!」
「してねぇよ! こいつが勝手に俺の上に乗ってきたんだ!」
「くっ……くそ。事故ったか……いや、まだ車は動く」

 あたしが先輩を蹴った衝撃がちづさんにも伝わったようで、それが彼女の見ている光景とリンクしているようだ。にしても、車……なるほど……。

「こいつは今、車で逃げてるつもりのようだな」
「生き物としてすら見られてないなら、まぁ先輩のこと、許そうかな」
「そもそも俺は何もしてないんだがな」

 ムスッとした顔でそう語る赤鬼の横顔はなかなか迫力があった。突き出た下顎とそこから伸びる牙が、ムスッと感をより強調してる。なんとなく思う。先輩って鬼としてここに存在しているから地獄にいるけど、人間として生きていたら、多分天国に行く側の人なんだろうなって。

「……あ。いや、よく考えたら、誰も居ないんだから、動いているものイコール私になるのか?」

 ちづさんの独り言を聞いて、あたしと先輩は目を合わせる。きっと先輩も気になっている頃だろう。ちづさんの見ている夢について。誰もいない場所を一人で逃げていて、車に乗っていて。夢なんだからもうちょっと現実と離れた舞台にいればいいのに。まぁ夢だったとしても下らない幻想を抱かないところ、あたしは好きだけど。

「俺は持ち場に戻る。これ以上お前らに付き合ってられん」
「でも、せっかく車に乗ってるところなのに」
「それなら平気だ。俺が居なくても適当に補完されて、こいつは夢の中で車に乗り続けることだろうよ」
「そうなんだ。じゃあいいよ。バイバイ」
「俺、お前と上手くやってける気がしねぇよ」

 先輩としてあたしの面倒を見ようとする気持ちはあるらしいけど、こっちは別にしてほしいこととか無いし。先輩は膝の上からちづさんを下ろすと、肩を落としてとぼとぼと戻っていった。赤鬼の背中ってあんなに哀愁漂うんだ。
 視線を前に戻すと、ちづさんは腕を前に出してうねうねと動かしながら歩いていた。何あれ可愛い。魂汚したい。しかもやけに難しい顔をしている。もしかして、車の運転、得意じゃないのかな。でも、人には得手不得手があるから。人からお金借りることとギャンブルで大損することは得意だから、ちづさんは大丈夫だよ。
 ふらふらと針山の近くまで歩いていくと、そこで彼女の足は止まった。針山は見えていないだろうけど、まぁ適当な障害物か何かに見えているんだと思う。ちなみに、先輩の姿は無い。その辺にたくさん色んな種類の仕掛けがあって、たまに内容が被ってるから、単純にこの針山は先輩の管轄じゃないんだと思う。なんならすぐそこにも針山あるし。人気なのかな。アトラクションがいっぱいあって、遊園地みたいで楽しいね。

「は?」

 ちづさんは呆然と針山を見上げている。何が見えてるのか、あたしも知りたいけど、それが叶わない。力がまだ戻っていないから。あとちょっとなのにな。

「どうする。考えろ」

 真剣な表情を横でずっと眺めていても良かったけど、そろそろ追いかけっこが恋しくなってきた。ちづさんから少し離れると、さっきと同じように力を行使する。
 あたしの気配を察してくれたからって理由だったらすごく嬉しいんだけど、ちづさんは突然振り返った。少し離れたところから「いたぞ!」なんて声がする。うるさいなぁ。ちづさん以外の声聞きたくないんだけど。騒ぐな。勝手に苦しんどけよ、罪人ども。

「あ、あの! この辺で安全なとこ知りませんか!?」
「んー。まぁあたしの前じゃないことだけは確かかな」

 ゴミカス共は無視無視。極めて明るい声で答えてみせると、彼女の表情が一気に恐怖で塗りつぶされた。そう、それ。もっともっと追い詰められてね。
 だけど、あたしらの楽しいデートはここで中断されることになる。どこかで罰を受けていた人間達が、青い鬼を率いて駆け寄ってきたから。さっきうるさかった奴らだ。何も悪いことはしてないと思うんだけど、もしかすると飢餓で苦しんでいる雑魚共を突き飛ばしたり、手首をぶん投げたせいかもしれない。ターゲットはあたしじゃなくてちづさんのようだった。
 そんなに俊敏にも見えないんだけど、体が大きいせいか、青鬼はあっという間にちづさんの前に立ちはだかった。力が戻っていないあたしにできることはない。

「おいたが過ぎたな、人間」
「これ……!?」

 ちづさんは何故か左手をカクカクと動かしていて、逃げようとする気配がない。いや何やってんの。どれだよ。しかも若干嬉しそうな声だったし。青鬼は呆れた顔で、彼女の両脇を持ち上げると、ゴミみたいに投げ捨てた。

「……ヤバい」

 無力な呟きが、やけにはっきりと聞こえる。華奢な体が宙を舞って、着地したのは針山だった。

「ちづさん!」
「俺の管轄のクソ共には、俺が罰を与える。そこの女にも言っておけ」

 そう言い残して青鬼は去っていった。あたしはというと、別になんとも思わなかった。怒ったり? しない。ここは地獄。ほっとけば体なんて再生するんだから。
 すたすたと彼女の元に歩み寄ると、運のいいことに体は無事だった。ところどころ擦り傷があるけど。ただ、運の悪いことに、頭を串刺しにするように折れた針が貫通している。フランケンシュタインみたいですごく可愛い。そのまま再生してくれたら最高だけど、どうかな?
 仰向けに倒れた体をじっと観察する。指先がぴくぴく動いているところを見ると、再生の最中のようだ。ずっと思ってたんだけどさぁ。くまたんって書いてあるけど、上のイラスト、クマじゃなくてネコだよね。本当になんなのそのシャツ。

「あ」

 意味不明な彼女の部屋着を眺めていると、突然ある確信を得た。それは、力が完全に戻ったっていう確信。

「もう、移動しよっか」

 邪魔が入らないところに。あたしの力を使えば、地獄にある彼女の存在ごと、夢の中に送ることができる。もちろんあたし自身も。そうすればもう、アトラクションにも従業員達にも邪魔されることはないだろう。一時的にこの場から消えることになるから、もしかしたら先輩が心配するかもだけど、先輩が心配っていい感じに韻踏んでて面白い状況だから、別に報告とかしなくていいよね。

「じゃ、行こっか」

 白い泡とも粒とも言える空間をぐーっと抜けると、そこは街だった。田舎じゃなくてとても栄えている都市なのに、人はいない。あたしの姿は、まだ反映させていない。俯瞰して世界を見回しているとこ。
 斜め前には、なんでか車の山があった。無造作に積み重ねられたそれは、きっとちづさんがやったものではない。恐らくは元々こうなっていたもの。地獄で針山を見上げていたのは、こういうことだったんだね。決死の覚悟で突破しようとしなくて良かったね。ぐさぐさになってたよ。
 ちづさんの車の後ろを見ると、結構な量の血が付着していた。多分、この中であたしは車に轢かれたことになっているんだ。実際に怪我してるのはあたしじゃないんだけど。
 とりあえず、ちづさんが目を覚ます前に、プレゼントをしなきゃ。いつものやつ。んーっと念じてみると、彼女が気を失っている隣の助手席に、ひとつの紙袋が召還された。本人は知らないだろうけど、あたしはいつも同じ型の銃を使わせてる。銃って感じがして好きなデザインだから。

「そうだ、私は……」

 ちょうどちづさんが目を覚ました。あたしと対面したときに、どんな顔をしてくれるのか、今から楽しみでしょうがない。
 身体の不調を確認しているらしい。まぁ事故に遭ったってことになってるなら、針山にぶつかって全身が痛む説明もつくだろう。夢とリンクしたりしなかったり。適当な塩梅がまさに夢という感じで、あたしにとって都合がいい。地獄にいるなんて、まだ彼女は知らなくていいんだから。

「……厄介だな」

 そりゃ頭にクソデカ針が刺さってて厄介じゃないってことはないよね。実体をこちらに移す前の影響は強く残っているらしく、ちづさんは頭を抱えている。と思ったら耳に手を当てた。そっか、耳が上手く聞こえないんだね。可哀想に。でもね、それはちづさんが青鬼に意味不明なダンスを披露したせいなんだよ。今度から気を付けようね。
 視点を車の正面から中を見るように移す。間もなく、あたしのプレゼントに気付いてくれた。早く中を見て欲しいのに、ちづさんはふらふらと車の外に出ることを優先した。まぁのんびりしてる暇はないと思うよね。怖いサイコ女が追いかけてくるんだもん。

「……いない」

 トランクの方にゆっくりと移動して、彼女は呟いた。いないよ。元々そこには居なかったけど。居てほしかったろうね、ちづさん的には。
 あたしは覚えている。針山にぶつかる直前に、彼女がヤバいと言ったことを。あたしを轢いてしまったことに少しでも罪悪感があるならそれって愛じゃんって思うんだけど、きっと違う。ちづさんは自分のことしか考えてなくて愛なんて知らないから、その魂は美しいんだ。大方、車や自分の心配でもしてたんだと思う。あたしのことを気にかけて欲しいと思う気持ちと、そうじゃない方がいいと思う気持ちと。振り子みたいに揺れてる、乙女心って複雑だよね。
 リアクションが薄くて残念だけど袋の中身も確認してくれたみたいだし、あたしも我慢できないし。そろそろ再開しようか。再会もしたいんだけど、ちづさんはあたしにイジメられた記憶を持ち越してないから、いつも初対面ということになる。この認識の溝は埋まらないどころか、繰り返す毎にどんどんと深くなる一方だ。でもね、いいんだ。それでも。

「一応訊いとくけど、終わったと思ってないよね?」
「……!」

 耳が聞こえにくいみたいだから、あたしは力を使って語りかける。彼女が目を見開いて、驚いた顔をしたのは一瞬だった。
 すぐに踵を返して走り出す。さっきの追いかけっこよりはスピードが落ちてるけど、全身怪我だらけであそこまで走れるのは、いわゆる火事場の馬鹿力ってやつだと思う。ちょっとよたよたしてるのはご愛嬌。聞こえないんだから仕方ないよね。分かるよ。だからハンデあげるね。
 小さくなった後ろ姿を見つめながら、あたしはやっと自分の姿をこの場に呼び出した。駆け出して頭の中で念じる。

「頑張るねー」

 本当に。頑張ってるなって思うよ。ちづさんにとっては、何の意味もないことを。頑張った結果喜ぶのはあたしだけなんだから、世界って最高だよね。
 視線の先では、白い白衣がはためいている。研究所から逃げてきたのだからその恰好も当然だと思う。だけどあたしはもう知っている。部屋着がクソダサい上に意味不明なことを。
 学校へと逃げ込んだのを見届けると、あたしは走るのをやめた。姿がここにあっても、能力を使えば視界を好きなところに置ける。ちづさんの肩にだって。だから悪魔とかくれんぼするのは止めた方がいい。
 のんびりと校舎の中に入って、見た景色を辿っていく。ちづさんに聞こえるように、声だけじゃなくて音まで能力で拡散しながら。徐々に近付く音って怖いと思うんだけど、どう?

「どこかなー?」

 どこかなんて知ってるよ。でもそう言わないと不自然だし。今さら自然も不自然も無いけどね。なんならきっと、最初から変だったし。ちづさんは案外そういうところに鈍感で、気付くのがいつも遅いみたいだけど。

「ここだよねー」

 逃げ惑う姿を眺めながら煽るようにそう言うと、ちづさんはなんと教卓の中に隠れてしまった。え? 可愛すぎない? 下の隙間から全然しゃがんでるの見えてるけど。
 階段を上がりきると、先行して見ていた光景と自分の体が近付く。教室に入った瞬間、あたしは笑い出しそうになるのを堪える。だから下の方から丸見えだって。あたしが悪魔じゃなくても見つけられたと思うよ、これ。
 まぁ見えていないということにしておいてあげて、あたしは教卓の前に立つ。これほど黒板が見やすい位置はないだろうけど、ここで授業受けるのは嫌だなぁ。
 あたしがここにいればいるほどちづさんを追い詰められるなら、ずっとここでこうしてたいんだけど。そうはいかない。念のために残しておいた視界は、教室のドアから窓に向けてを見つめ続けている。今のところ動きはないけど、放っておけばちづさんは銃を使うはず。最終的にそうなってくれて全然いいんだけど。まだダメ。
 軽く教卓を蹴ってみると、中で明らかに震える気配があった。声を我慢したのは偉かったけど、声以外の全てで私はここにいますって言ってるしなぁ。

「いるよね?」

 片方だけ記憶をしっかり持っているあたし達の溝は深まるばかりって、さっきまで思ってたんだけど。よく考えたら違うよね。あたしは、あたしとしてちづさんの器に出会ったことがないんだから。ちゃんとあたしを見て、明確にあたしという存在を殺すと思って欲しい。だから釘を刺さなくちゃいけない。頭に針が刺さってるのにさらに釘まで刺されるなんて、ちづさんも大変だね。

「あ、そうそう。立ち上がる時の注意だけど、銃向けない方がいいよー」

 これは本当。その気になれば事前に他の目で見ておかなくても、反射で避けられる。だけど、できるなら、出会う前に銃声なんて聞きたくない。だって、あたし達はこれから運命的な出会いをするんだから。ちづさんは引き金を引いたら忘れてしまうけど、あたしは一生忘れない。

「変な動きをしたら刺すからね。この距離で銃とナイフのどっちが強いかなんて、考えれば分かるでしょ?」

 今はナイフ持ってないんだけど。その気になればいつでも呼び出せる。
 言葉でぐさぐさと釘を刺しまくる、というか脅す。これくらいしないと、ちづさんは勉強ができない人じゃないのに、理解しないから。どれだけ痛い目を見ても学習せずギャンブルを続ける人に対して、痛い目を見る前に分からせるって、結構大変だと思う。

「とりあえず立って、顔見せてよ」

 イチかバチかなんてやめなね。ジャラジャラうるさい博打の玉ですら何発も無駄にしてるのに、たった一つの弾に賭けるなんてさ。元々センス無いんだよ。

「言うこと聞かないなら殺すけど」

 ここまで言えば、もう言うことは無い。さっきの倍くらいの強さで教卓を蹴って、逸る気持ちをそのまま声にする。

「早く」

 これでも立ち上がらなかったら、その時はもう教卓を窓から投げ捨てちゃおうかななんて考えてた。でも、彼女はゆっくりと立ち上がった。
 ちづさんだ。怯えながら、あたしをじっと見下ろしている。横から夕陽に照らされて、ちょっと暑い。あたしらにスポットライトが当たってるみたいだなんて思った。また違う姿だって思われてるんだろうな。でもね、これが本当のあたしだよ。

「遅いよ」

 ちづさんに言ってるように見せかけて、自分にも言った。彼女の器に興味を持つのが、遅すぎた。心を向けている対象が自分を見てくれる歓びを知らずに生きてきたんだと思い知る。いや、今も思い知り続けている。

「……お望み通り、私は立ちましたが」
「ふふ」

 不服そうな声も、嫌味な言葉も。全てがあたしという存在に向けられている。同じ物を見て、顔をつきあわせて会話している。それをすごい奇跡だと思う。
 話をしながらも、彼女は虎視眈々と反撃しようとしている。あたしがドア付近に置いたままの視界が、そーっと紙袋をまさぐるちづさんを捉える。往生際が悪くて偉い。だからあたしはこの魂を愛した。

「どしたの?」
「いいえ」

 っていうか、さっきから普通にガサガサ鳴ってるんだよね。しかも結構なボリュームで。多分、ちづさんはいま耳が聞こえてないから静かにやれてると思ってるんだろうけど。

「碌間ちづ、だよね」
「えぇ」
「名前知ってること、驚かないんだ?」
「私のIDを持っていたのですから、何ら不自然ではありません」
「そういえばそんなこともあったねー」

 こっちがいたたまれなくなって助け舟を出してあげたのに、ちづさんはそれをぴしゃりと跳ね除けた。直後にカサ……と音が鳴る。ねぇ邪魔だから紙袋だけ下に落としたでしょ。目で見るまでもなく分かるのやめて。
 きっと、あたしがそれに気付いてるって教えてあげないから駄目なんだ。だから言及することにした。上手くやれてると思い込んでいる姿も可愛いから、少し惜しいけど。

「それあげたのあたしなんだけどさ」
「それとは?」
「今、ちづさんが教卓の下でいそいそと弾を込めようとしてる銃だけど」

 あたしがそう指摘すると、黙ってしまった。視線を彷徨わせて、見るからに困っている。あと、込め方が分からなくて、ちらちらと下を見てる。日本ではあまりポピュラーじゃない賭け事だと思うけど、ちづさんは絶対にカジノでトランプに触らない方がいいと思う。
 呆れと愛しさという、同居できるんだそれという感情を器用に同居させて、にやりと笑う。しっかりと目が合った、そう思ったとき。彼女は言った。

「あなたの目的はなんですか」
「どういうこと?」
「敵に塩を送るような真似をして、何がしたいんですか」

 訊いてやったぜ。ちづさんの顔にはそう書いてある。そんなクリティカルヒット出したような顔をされても。ちょっとピンとこないっていうか。そもそも根本的に違うし。

「敵? 誰が?」
「あなたですが」
「あたしはちづさんが好きなのに。どうして敵とか言うの?」
「は……」

 素直に答えてみると、また別の困った顔が見れた。好きな相手にこんなことするなんておかしい。もしかしたら彼女はそう思っているのかもしれない。だけど、何かを好きになったことのない奴にとやかく言う資格なくない? 黙って愛されてろよ。
 同じ気持ちになって欲しいという、面倒な見返りは求めていない。ちづさんはちづさんで居てくれれば、それでいいんだよ。それだけがあたしの望み。

「それ。撃っていいよ。殺しそびれたら、そのときはあたしがちづさんを殺すから。よろしくねー」
「はは……」

 だから早く。そのきったない魂は、いつまでも変わらないと証明してほしい。こう言って追いつめれば、ちづさんがやることはもう一つしかない。

「どう? やる?」

 必要はなかったけど、昂ったあたしは黙っていられなかった。さらに煽ってみせると、ちづさんの目の奥が、確かにぎらりと光った。どこにでもいるような悪党であり、だけど誰よりも良心というものを知らない。その腐った魂に、瞳が呼応している。

「そうですか」

 ちづさんの口元は笑っている。あたしも一緒に笑いたいけど、罠だなんて勘繰られたら台無しだから、なんとか堪える。肩が動いて、銃口を突きつけようとしてるって分かる。
 これはちづさんは知り得ないことだけど、彼女があたしの見せる夢から抜け出す方法は一つしか無い。それは、あたしを殺さないことではなく、そのトリガーを引かないこと。対話を試みたり、殺すくらいなら殺された方がマシだと不殺の覚悟を決めれば、あとは時間が判決を下してくれるようになっている。

「では遠慮なく」

 そう。ここで引き金を引くから、ちづさんはあたしから離れられない。


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