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あるはずのないテント その1

北東北の山奥で、古びたテントに出会った話

はい、おまっとさんです。 
もちろん調査の話。
今回は少し、面白い内容ではないかもしれない。 
しかし今にも、当時のメンタルや考えていたことが思い出される強烈な経験だったので綴る。 
当事者の気持ちを想像しながら、お読み頂くと少し引き込まれるかもしれません。ちなみにnoteは、特に時系列ではありません。
これは、もう10年近く前になる話。それではお楽しみください。 

ふるべゆらゆら

事実は、小説よりも奇なり。
「それ」を見たときは本当にびっくりした。 
そもそも、我々が行くような場所に他の人間がやってくる等到底思いもしなかったからだ。遠目で見て、すぐにわかった。
背丈より高いササが生い茂るササ藪を漕いでいくと、明らかに異様な雰囲気が漂っていて、僕の目は大きくないのだけど、マンガみたいに、文字通り目を丸くしていたと思う。
それは同行者も同じで、それこそマンガみたいに二人して顔を見合わせてしまった。
そこから、沢山のことを検討しなければならなかったし、調査工程が押しているわけでもなかったが、「それ」があることで調査に支障が出ることは明白だった。様々な感情が瞬時に巡る。

「悪目立ちしている」という日本語は、多分英訳できない。
同じ言語を使う人種ながら上手い表現だと思う。
人工物がまるでない、標高が高い北東北の山奥、
しかも林道からもかなり離れた場所で、
いきなり目がくらむような派手な色のテントが張ってあった時に、この言葉は使うのだ。

閑話休題

当時、まだ20代後半でとにかくイケイケだった僕はあまり怖いもの等なかったが、事業を進めるうえで必要な事前の環境調査の評価内容が妥当か、第三者機関の先生方の意見にはよく振り回された。いわゆる本当の有識者たちだ。
読者の方々には、エヴァンゲリオンに登場する「ゼーレ」を想像してもらえればok。 

「ののの君、その調査は本当に妥当かね」

調査メニューは、事前に図書で整理され、妥当性を検討してから様々な機関で閲覧・意見書がなされて初めて調査に着手される。 
とはいえ、自然相手だから調査してみないとわからないことがある。そのために誤った調査手法が計画されていたり、的を得ていない項目を選定してしまうこと等現場とのミスマッチがしばしば起こることがある。そうならないために、ときどき調査結果を報告して、ゼーレの方々に意見をもらいながら軌道修正していくのだ。

そうした背景を念頭に置き、もともと計画書になかった今回の調査が追加された。具体的に書くと、クマタカという希少な猛禽類(ワシとかタカ)が繁殖していることが別の調査でわかり、生態系の評価項目の上位性をこのクマタカに選定。クマタカが普段捕食している餌動物を把握することで、繁殖に必要な基盤環境のポテンシャルを評価するというもの。
要は、クマタカが大好きなノウサギの生息頭数を数えなさい。と僕は言われたのだ。

クマタカ

広大な調査サイト内でノウサギの生息頭数を把握するミッション

読者諸君は、野生のノウサギを見たことがおありだろうか。
はつらつとした健脚で、野山を駆け回るかわいい草食動物だ。

ノウサギ氏

哺乳類の調査は、基本目視の他に無人撮影できるセンサーカメラ、様々なトラップを組み合わせ、あの手この手で彼らの存在を証明する証拠を集めていく作業である。なかでも、フィールドサイン法は事前の予備知識があれば足跡や糞からノウサギの存在を把握できる有効な調査手法と言える。
調査対象はノウサギに絞り、ノウサギが好きそうな環境を選定、数多くのコドラートと呼ばれる5m×5m真角の調査枠を設定した。 
これは、草地(ササ、背丈の低い草原、高い草原、裸地に近い場所等)や樹林等様々な環境類型に区分して同じ数の調査枠を設定、この調査枠内は草刈りする等した後、枠内のノウサギの糞を全て除去、一カ月後に再び同じ区画を巡って糞の数を数えるといったとても地味な調査と相成った。
(調査なんてこんなもんなんですよ)

一か月後に同じ場所を訪れて、糞を数える

設定した調査地点に招かれざる客

前置きが長くなったが、僕は数十におよぶ調査地点を設定、各調査地点を四角く草刈りをして、区画内の糞を除去、ピンクテープで目立つようにマーキング、GPSで座標を取得を繰り返した。時期は秋だったと思う。
調査範囲は、まるで人気のない県境に近い山深いエリアで、標高は200~800mと比高差がみられたが、地形は少し複雑だった。
読者の皆様は「玉ねぎを切るときの、包丁を持たない方の手」を想像して欲しい。手の甲が平たい尾根、そこから何本も指のように緩やかな尾根が伸びる掌状の地形。こういった特徴のない地形は最も迷いやすい。
下山時に尾根を間違えると、気づきにくく、正しい尾根に入るためには深い谷の厳しいトラバース(斜面を横断)が待っている。

そういった地形を一か月後に巡った時、最もササが混んでいた調査地点にGPSを見ながら到着した。
しかし、明らかにその地点だけ人が来た痕跡があり、違和感を感じていたが、遠目に見えていた「異様な人工的な物体」の正体がわかった。
何故か、我々が草刈りした区画にオレンジ色の2~3人用と思われる、テントが張られていたのだ。僕も、同行者もぎょっとした。何度もGPSを確認、自分が一か月前につけたピンクテープも確認できた。
「こんなところに登山者?ほんとに?」二人とも、思ったことをそのまま口に出していた。
さて、困った。我々はこのテントの真下に用事があり、ノウサギの糞の有無を確認しなくてはならない。さらに、テントがあることで調査の精度が変わってしまうかもしれない。この地点だけ、1ヶ月遅れたらどうすれば良いんだろう。現場に入りなおすための費用は果たしてもらえるのだろうか。
等と、僕は調査に対する責任があったので色々面倒なことになりそうだと、半ば憂鬱に思いを馳せた。

立ち込める異様な雰囲気

とにかく、このテントの主に会って調査の説明をし、どいてもらわなければ。テントに近寄り、「すみませ~~ん、どなたかおられますかぁ~?」と何度か少し大きな声で呼びかけた。返事はなかった。
さらに近寄ると、菓子パンの袋ゴミを踏んで「クシャっ」と乾いた音がした。このテントの持ち主が食べたのか、マナーがあまりなっていないな?
とだんだんこのテントの持ち主に対してネガティブなイメージが沸きつつあった。周囲を見ると、似たような菓子パンやおにぎりのゴミ、コンビニの袋、空のペットボトルが至るところに散乱していることに気づいた。

突如現れたテントのイメージ

同行者も、異様な雰囲気を感じ取っていた。
「のののさん、これなんか変じゃない?声かけてもいないみたいだし、山菜とりの人にしても、こんなところで泊まるかな?」
先行して僕よりもテントに近づいたところで、同行者が足を止める。
「なんか、臭いね」自分も近くまでいって気づいたが、長らく放っておいた洗濯物のような、なんともいえない「すえた」匂いがした。今まで、嗅いだことのない匂いだった(今でも覚えている)。 
自分の脳裏にあった、わずかだが最も最悪な可能性が徐々に大きくなっているのを感じた。
そして、匂いを感じていた同行者の口数が減り、テントの入り口のチャックを指さして、我々は全てを悟ることになった。

そこから、結果からいうと自分達はその日もう調査を続けることが出来なかった。

→長々とお読みくださり、ありがとうございました。その2に続きます。

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