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ほっけ

ホッケ

「俺それはいらないわ」
二件目に立ち寄ったのは、キャッチのお兄さん曰くタバコが吸えるからと言う触れ込みのチェーン店だった。
「え。まだ食べるって言ってたから適当に注文しちゃったけど嫌いだった?」
トイレから戻ってきた彼はタッチパネルの注文履歴を見ながら呟く。
「いや。なんかさ。魚食べるの面倒くさくない?ほら、骨とかあるしさ。俺あれ苦手なんだよね」
「あ。そうなんだ」
税込880円。それなりの値段が張る縞ホッケ焼き。スーパーではもっと安いのに、居酒屋で食べるホッケは私は好きだった。
マッチングアプリで出会った男は、そそくさとメニューからポテトフライやらサイコロステーキなどを注文する。
「でさ。ともちゃんって休みの日は何してるんだっけ?」
「あー。ええと」
本日3回目の質問だ。
「ネトフリでドラマ見たりとか、買い物したりとかかなあ」
「へえ。なんかありきたりだなぁ。俺はね、色々やってるんだよね。キャンプ行ったり、ゲームしたり。あと友達とさ集まってゲーム作ったり!」
彼は細い腕を机に乗り出し話を続ける。
「やっぱりさ。趣味は持つべきだよ。ほら、俺たちも良い年だってわかったしさ。今後の人生は良い趣味を持てば持つほど人生の余白が生まれるって言うじゃん?」
流行りのくるりとパーマがかった前髪を指で回し、彼は話を続けた。
確かに、シュッとしていて細長い首筋はセクシーだし、タイプではある。けれど。
「お待たせしました」
店員はぷっくらと油の乗ったホッケを机に置く。
「ありがとうございます」
私は小さく会釈する。彼は話を続けているためか、一瞥もしなかった。
「あ。先にこっちがきたのか」
彼は皿を自分の方に寄せる。そして、一つ手をたたき、講釈を再開させる。
「でね。俺は戦争論について体現してる映画は、実はパトレイバーだと思うのよ。知ってる?押井守のパトレイバー2。あれってさ」
「うんうん」
彼の話に相槌を打ちながら、大根おろしに醤油をかける。
箸で豪快に一切れつまみ、薬味と一緒に口の中に入れた。
ふっくらしていながらも、噛むたびに雪を踏み締めるようなキュッとした感触。じわりと染みる海の深い塩味。
「いやあ。凄いよね。子供向けのロボットアニメでさ。あんなテーマやっちゃうんだから。実際主人公のロボットなんて最後の20分くらいまで出てこないんだぜ」
咀嚼しているうちに、ピチリと嫌な感触があった。
骨だ。
彼にそれをバレないよう吐き出そうと、ポケットからハンカチを探そうとした。でも。
彼の少し痩せこけた顔と、食べかけのホッケを見比べる。
この魚は養殖なのかもしれない。けれども一生懸命泳ぎ、しっかりとした身体を培ったのだろう。食べられてしまうとしてと、暗闇を進むための骨を育て、寒さを凌ぐための肉を蓄えて。
ハンカチではなく、指で口の中から、骨を取り出した。
彼はその仕草を見て、話を止め驚いていた。
「ともちゃん、ええと。豪快だねえ」
若干というより、かなり引いている。
でも、彼に対してはそれで良かった。
次は大根下ろしを多めにつけて、食べちゃおう。
環境音を聞きながら,箸を伸ばす。

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