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○せり鍋が食べたい

「せり鍋が食べたい!」
3年前くらいから、ずっとこの欲求と向き合ってきた。

宮城県の郷土料理として有名なせり鍋。数年前から食マンガやグルメ番組、旅行雑誌でやたらと目にするようになった。
せり鍋は、七草粥にも入っている野草「せり」を、根っこ部分含め丸ごとしゃぶしゃぶして食べる豪快な鍋だという。
その見た目は至って地味なのに、食べた人はみんなこぞって「おいしい!!!!!」という。絶賛する。
「うそだあ〜〜」と思いながら、いつしかその姿を見るたびに唾を飲むようになっていた。
...ほんとうに?
日本昔話みたいな見た目の、地味な料理なのに、本当にそんなにおいしいの???

食べたことのない料理に対して、私たちの想像はどんどん広がっていく。
せり鍋。
それはものすごく、シャキシャキしているらしい。(食レポーターは口に入れて豪快に噛みながら「んん〜!!!」って唸っていた)
そして、後から野草ならではの豊かな香りがふ〜んと鼻を抜けるらしい。(「この香りがたまりませんねえ」と言っていた)
しかも、なんと根っこがいちばん美味しいらしい。(「この野草を食べている感じがいいんですよね!」と言っていた)
あ〜食べたい!
せり鍋、食べたい!
そういって思い立った去年の今頃、仙台でせり鍋が食べられる検索した。
そしてがっくり膝をついた。
なんと仙台市内のどこの店も、その約1週間前にせり鍋の提供が終了していたのだ。
せり鍋は、毎年冬の限られた時期にしかありつけない幻の鍋(大げさ)だったのである。


そうして思いは募って1年後。
ついに先日、とうとう念願叶って仙台の居酒屋で対面を果たした。


「失礼しま〜す!」
店員さんがそう言ってコンロと鍋を持ってきた。フランクに着火し、「煮たったら具材入れてくださいね〜」と、大皿を目の前にゴンと置いて去っていく。

その大皿にもりもりと盛られた植物を前に、私は興奮を隠せなかった。

「おお...これがせり....!」
写真で見た通り青々としている。思ったより全体がしゃっきり、そしてしっかりしている。根っこにはほんのり土の色が残っていた。
....これ、土だよ土!
俄然テンションが上がる。
散々せり鍋を予習した私は知っている。この、根っこの土を取るのがものすごく大変だということを...!細い根っこに入り込んでいる土を、歯ブラシでしゃこしゃこと地道に落としていき、ようやく食べられる姿になるのだ(家でせり鍋をするのには、このひと手間を乗り越える根気がいるらしい)。
厨房で根っこをガシガシしてくれたであろう店員さんに感謝していたら、鍋の出汁がくつくつ煮たってきた。

「しゃっと出汁に通したら食べられます」
と言われて、緊張の面持ちで根と茎部分を少しずつ箸に取った。
いざ、せり鍋!
出汁の中に箸を大きく2、3往復ほどして、すばやくあげる。気持ちくたっとしただろうか。
湯気の上がっているそれを、そのままひと口でいただいた。

「....!!」

ひと噛みで、口いっぱいに「シャキッ」という爽やかな音が響いた。
すごい!確かにこの歯応えはおいし...

「.....???」

ひと噛みに感動した次の瞬間、せりの味を感じた私の脳内は突如「???」でいっぱいになった。
想像していたのとは違う味覚に襲われる。
なんだろう、知ってる気がする。この味、どこかで....
「どう?」と聞かれた私は、観念して浮かんだ通りの感想を言った。


「あの...日本昔話の味がする........」


もちろん日本昔話を食べたことはない。でも、その味を感じた直後に頭に浮かんだ言葉がそれだった。
日本昔話。なんだか、とっても、日本昔話を感じる味!!!

さらにもうひと口食べてみる。
古民家?を食べているような、いや、詳しく言うと古民家の畳を食べているような.....
ちょっと香りのある、土っぽい味なのだ。だがそれだけでなく、どことなくクセのある雑味が口の中いっぱいに広がっていく。

おいし...いや、おいしいんだけど...でも、いいのかな...?これをおいしいって言ってしまって...みたいな気分になった。
なんだろう、もしかしたらパクチーの楽しみ方と近いのかも知れない。でも、その雑味はどこまでも日本独特のものなのだ。ある意味、「なつかしい味」という表現がしっくりくる気がした。

その後、「念願のせり鍋を食べたよ」と言うと、いろんな人から「どうだった?!」と聞かれた。そう言われる度少し言葉に詰まる。
「えっと...うん、まあ、おいしかったよ...」
そしてこう続ける。
「まあ、毎日食べたくはないけど、でも、たまーに食べたくなる...のかも...」

こうして私のせり鍋デビューは幕を閉じた。この先も、食べる前と同じテンションでせり鍋を思い続けられるのかは正直わからない。
しかし、こうしてせり鍋のことを書きながら、また来年の冬が心なしか楽しみになっているような....そんな自分がいるのも確かなのだった。


(食欲をさがして 8)