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怪物

彼女には自信があった
なんと瑞々しく活き活きとした空気をまとっていることだろう
ダイナミックな生命力までもが感じられる

彼女はつと立ち上がり画用紙を手にS教授のもとへ向かった

Sは彼女のデザイン画をじっと眺めるとすぐに目を細くした
口角を少し下げ
やがて神経質そうに眉を引き上げた

その頃にはもう
彼女の心は全てをキャッチしていた
Sはゆっくり何かを話し始めていたがそれはただの音だった
ゆっくりと
でも確実に彼女の耳に近づき耳の穴にぞろぞろと分け入ってきた
その音は灰色をしていた
粘質でドロドロしながら彼女の耳だけでなく
目や鼻・口にまで入って来た
彼女は身動き一つせずただ相づちを打っていた
全てを否定され頭の中をジャックされ成すすべがない
しかし彼女の心はピッタリと閉じることに成功した
ここだけはなんとしても守りたいという意志の力がそうさせたのだ
あまりにも強く閉ざされた

誰にも傷つけさせるものか
誰の手にも届かない深いところへ隠してしまえ

やがて彼女でさへ触れることのできない場所にまで沈んでしまった

Sはひとしきり話し終えると
少しの同情を含んだ視線を彼女にうつした
席に戻った彼女は何事もなかったかのようにケロリとした表情で
画材を片付け始めた

その頃
彼女の中に入って行った灰色の物質は変化を始めていた
今ではもう彼女の一部と化し違和感もなく安心して納まっている
灰色の物質が最も恐れているものは彼女の心
閉鎖され深いところへ隠れてしまった彼女の心だ
それが蘇るとき灰色の物質はこっぱみじんとなる
そうなる前に彼女の全てをジャックし尽くすのだ
こっぱみじんになるとしても彼女もろともに破壊すればいい

完 


やってみたいことが「やってみる」に出来る仕組みが増えてきています。 わくわくは特別なことではなくて、平常になりつつあります。 あと一歩。 あと半歩かも知れません。 あなたが背中を押してくれるなら。誰かの半歩が他の誰かの背中を押します。 連鎖の中で歩んでいきたいです。