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景色だけが変わり 未来は過去になる 『さくらももこワールド ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』(ネタバレ)

監督:須田裕美子・芝山努
1992年
92分
学校で「めんこい仔馬」という歌を習ったまる子ことさくらももこは、それを図工の時間の絵のテーマにするがどのように描いたらいいか分からなかった。ある日、静岡のおじいちゃん、おばあちゃんの家近くで似顔絵描きのお姉さんに出会い、「めんこい仔馬」は、実は戦争で馬と別れなければならない悲しい歌なのだと5番の歌詞まで教えてもらう。
ちびまる子ちゃん公式

1992年に公開され、名作と語り継がれているちびまる子ちゃんの人気作『わたしの好きな歌』がNetflixで配信開始となった

私はうんと幼い時に笠置シヅ子の『買い物ブギ』を親の前でやたらと歌っていた記憶があるが(歌詞なんか分からないのでだいたい「おっさん」の部分だけ)、間違いなく当時繰り返し観ていたこの作品の影響だろう。
今回Netflixで配信されたので本当に久しぶりに鑑賞し、当時は分からなかっただろう今作の魅力に気付くことができた。

笠原シヅ子の『買い物ブギ』だけでなく、今作は大瀧詠一『1969年のドラッグ・レース』や細野晴臣『はらいそ』など、既存の楽曲(さくら先生のチョイスだろうか)が多く使われている。
おそらくその影響で権利関係の問題もあり、昨年まで長らく円盤化されていなかったのだろう。
ちなみに、『はらいそ』の奏者には坂本龍一も含まれている。

音楽パートは、昨年も『犬王』が公開されたアニメーション作家、湯浅政明が担当している部分もありカオスで自由な映像表現を楽しむことができる。
彼が手がけているのは『1969年のドラッグ・レース』と『買い物ブギ』であり、前者は車に乗っているときの子供の妄想を具現化したようなシークエンス、後者にいたっては本当に物語と全く関係のないくだりにもかかわらずやけに時間を割いていることが楽しい。

静岡で絵描きのお姉さんと出会い、交流を深めていくまる子。
ちなみに今作のまる子は現在のアニメで見るよりも幼く、というより年齢相応に見える。
まる子といえばやけに大人みたいな言動が印象的だが、今作はクラスメイトたちよりもお姉さんと交流するシーンが多いからか、子供らしさ、妹らしさを見せている。
まる子がお姉さんと仲良さそうにしていることを知ったリアル姉のさきこが「なにさ、お姉さんお姉さんって…」と少し複雑な心境を見せるというキャラクターの描き込みも印象的(だからこそ、終盤でわんわんと泣くまる子にさきこが優しく肩を貸すシーンはあたたかい)。

お馴染みのクラスメイトたちも登場する。
そういえば昔って大野くんと杉山くんはわりとガキ大将キャラだったよなとか(そんな2人に憧れるはまじとブー太郎と関口)、山田の見た目がちょっと違うとか、藤木と永沢の関係性が今ほどヒリヒリしてないじゃん(普通に仲良し)とか、永久学級委員・丸尾くんの好きな歌のチョイスとか、やっぱり学校パートは愉快だ。

ここの家族がまる子に向ける視線が好き

学校で教えてもらった『めんこい仔馬』という曲を気に入ったまる子だが、その曲は実は成長した仔馬が最終的に戦地へ軍馬として送られる曲なのだと知る。
ずっと一緒にいたのに「万歳」で馬を戦地に送るなんてつらすぎる、と涙するまる子。
お姉さんは、例えもう会えなくなっても、大切に思っていたという気持ちを忘れないことが大切なのだとまる子に教えてくれる。

この『めんこい仔馬』の展開は終盤にかけてこの物語とリンクしていく。
お姉さんは、以前から付き合っていたと思われる恋人からプロポーズされ、彼の実家である北海道の牧場で一緒に暮らさないかと提案される。

お兄さんは東京で就職するとお姉さんに伝えていたようなので、実家の牧場を継ぐなど寝耳に水だ。
お姉さんは絵描きを続け、東京でも暮らしてみたいのだと一度は彼のプロポーズを断る。
たまたまその一部始終を見ていたまる子は、思わずお姉さんに「絵は北海道でも描けるけど、お姉さんにはあのお兄さんひとりしかいないんだよ」と伝える。
まる子の言葉、そして自分の中にある彼への思い、部屋に飾ってある彼が贈ってくれた鈴蘭の花を見たお姉さんは、彼を追いかけ、結婚を決意する。

ここは1992年の作品ということもあり時代の限界とも言うべきか、「女性は自分が望む土地で夢やキャリアを追うよりも、結婚して男性についていくことが一番良い選択である」として描かれるところは、今だと違う描き方をされる部分かもしれない。
もちろん、お兄さんがお姉さんを無理やり北海道に連れて行ったわけではなく、これはあくまでお姉さんが自分で選択したことである。

いよいよ結婚式当日。
まる子はお姉さんの晴れ姿を一目見ようと学校を抜け出し走る。
式に参加することはできないので少しでも中が見れる高い場所を探し、近くにあった公園のジャングルジムに登る。
白無垢を纏った美しいお姉さんを見たまる子は、大きな声で万歳三唱をする。
その手には、お姉さんからプレゼントされたペンダントが。
このシーンは、あの『めんこい仔馬』が5番の歌詞で戦地へ向かうときに万歳されて見送られるくだりがリフレインする。
つまり、今作は「結婚してお嫁に行くこと」と「戦争へ行くこと」を重ねるという少しギョッとする作劇をしているのだ。
今作は結婚否定映画ではないし、お姉さんはきっと北海道で幸せな新婚生活を送ったと思うが、どこか皮肉に捉えることができるのも今作の面白さである。

お姉さんとの別れは涙を誘うが、やっぱりこれはちびまる子ちゃんなのであくまで感動話では終わらせない、結局「トホホ…」なオチは笑うし、またいつもの日常に戻った感もある。


前衛的かつ楽しい音楽シーン、優しい物語、相変わらずの尖ったギャグ、キャラクターの描き込み(最初のシーンに出てくる、物語に全く関係ない高校生?カップルすら魅力的)など、久しぶりに観た『わたしの好きな歌』はやっぱりわたしの好きな映画だった。
あの場面!あの曲!あの展開!と、観た人同士で語り合いたくなる作品でもあるので、是非この機会にNetflixで観てみてください。


意味ない事を 喋ってる時の
ぼくが一番好きだわって 言ったね
わたしたちには あせらなくっても
時間があると笑って
『1969年のドラッグレース』

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