今回は医者としての真面目なお願い―「新しい医療崩壊」を防いでください

今回は、これから起きると考えられる「新しい医療崩壊」の話を書きます。

前回は都知事選の最年少候補、スーパークレイジー君こと西本誠さんのことを最後に書くなど私にとっては楽しい投稿でしたが、今回はそうもいきません。全国で新型コロナウイルス感染症が拡大が止まらず、彼の代表曲「てんてんむし」を歌ってる場合ではなくなりました(でも興味ある人は、ぜひスーパークレイジー君の「てんてんむし」や「しぇいしぇい」のMV見てみてくださいね…あえてリンク貼りませんが。中毒性あるしどことなく昭和の哀愁も漂ってるし…ほんとナゾなんで。いつか落ち着いたらこの楽曲分析を音楽好きのオトウトとやりたいです)。

ひとことお断りしておくと、私は精神科医なんで、「コロナのことなんてわからないだろう」と言われがちです。でもいま、たまたま精神科病院ではなくて、総合病院や複数の科がある総合的な診療所での非常勤をかけ持ちしていることなどもあって、ある程度、状況はわかっているつもりです。

私は4月から5月にかけて、沖縄の総合診療医・徳田安春氏とZOOMを使って対談しました。

そして、それを元にその後の状況などを大幅に書き加えたものが8月に本になります。

ZOOM対談は、「いまの日本のコロナ対策、マズいのでは!?」というあせりから実現したものです。一度しか会ったことのない徳田先生にそのときいただいた名刺をたよりにメールをして、強引に「対談してもらえませんか」とお願いしました。それからYouTubeのチャンネルを作ったり…いま思えばよくナマケモノの私がそこまで突っ走ったものです。

…と思い出話に浸っていても仕方ないのですが、そのときの徳田さんとの話の結論はこうです。

「とにかくPCR検査をしないのはおかしい。検査すると感染拡大するとか医療崩壊につながるとか検査には意味がないとかいうのは、すべて科学的根拠のない思い込み。早く検査をして陽性者をきちんと隔離するという方策を取らないと、一度は感染が収まったように見えても、いつまでも感染者はゼロにはならず増減を繰り返す可能性もある。そうしているうちに、世界で日本だけが取り残されてしまうことにもなりかねない。」

繰り返すようにそれが4月末の話だったのですが、実際の感染者数は5月連休明けくらいから全国で激減しました。5月25日は東京を含む全国で緊急事態宣言も解除。6月、対談を本にするために文字にした原稿に手を入れながら、徳田さんと私は「いまは陽性者の数は減っていますが」「もちろんこのまま収束するにこしたことはありませんが」「秋冬の第二波に備える上でも」といった言葉をいくつか足しました。

ところが、8月に本を出すためにそろそろ校了(原稿をすっかり手放して印刷所にわたす)かという今、徳田さんと私の“悪い予感”は早くも当たってしまったことに愕然としながら、また原稿を修正しています。

さて、現在、医療現場はどうなっているか。

その話の前に結論を言っておくと、私は今後、医療現場では3月や4月には起きると言われてギリギリ起きなかった「医療崩壊」が、残念ながら起きると考えています。しかし、それは3月に言われたような「人工呼吸器が足りなくなって病院から患者があふれる」とか「検査を希望する人が殺到して大混乱に」といった形の医療崩壊ではありません。

なんというか、医療現場で医師や看護師、看護助手、放射線技師や臨床検査技師などが意欲や情熱をなくしたり、そっと現場を去ったりして起きる、という形での医療崩壊です。「医療瓦解」という方が近いかもしれません。

「職場放棄かよ。じゃ、医者やナースが悪いんじゃないか」と思うかもしれませんが、それは違います。ちょっとこれから箇条書きであげる「医療現場のいま」を読んでください。

・コロナの重症者はまだ少ない。それはたしか。3月のようにICUが埋まり、人工呼吸器が何台も稼働しているという状態ではない。しかし、入院者の数は次第に増えつつあり、中程度の人も出てきた。

3月にコロナの入院を受け入れた病院は、他の重症者の受け入れや手術、内視鏡などの検査を一時期、ほとんどストップした。それによる収入減は報道されている通りだ。6月になって少しずつ患者さんは戻りつつあり、どの部門も「感染が落ち着いているあいだにこれまでの分を少しでも取り戻そう」と考えている。秋冬のコロナ受け入れの備え(陰圧室の増床や人工呼吸器の増設など)は、もう少し先と考えていたはず。

それがこんなに早く「またコロナの入院も受ける」とは、誰も予想していなかっただろう。しかし、また手術ストップ、検査ストップとはいかない。「コロナ医療」と「非コロナ医療」を並行して行うことなどはたしてできるのか。また、医療従事者のマンパワーだけではなく、現在の大病院の外来には、いろいろな疾患の受診者が従来通り来るようになっている中で、コロナ疑いの人が少しずつ増えてきているという3月4月にはなかった状況が生まれている。もちろん、病院側はその人たちを分けるようにはしているが、軽症者、無症状者の場合は無理だろう。そういう意味では、以前よりずっと外来での院内感染は起きやすくなっていると考えられる。

・では、コロナの入院は受けていない施設やクリニックは大丈夫なのか。それは違う。これも報道されているように、2月のコロナ報道以降、小児科、耳鼻科を中心に、感染を恐れて受診する人は激減した。健康診断や人間ドックも先延ばしする人がほとんど。緊急事態宣言が出てからは、外出そのものを控える人のために、電話再診で処方せん郵送とか一度の受診で長期処方といったケースも増えた。そのため、コロナは受け入れていないものの経営難で継続がむずかしくなり、閉院を決めた医療機関もいくつもある。

・さらに、クリニックの中には、少しでも患者さんを獲得する目的もあり、コロナ抗体検査を行い始めたところがある。これは現在の感染を調べるPCR検査ではなく、過去にコロナにかかったことがあるかを判定する目的の検査だが、その精度には問題があるといわれている。そしてそれよりも、抗体検査をPCR検査の代用とカン違いして、熱や咳のある人がやって来る可能性がある。その中にもし感染者がいても、上述したようにいまはクリニックも春先のように厳しくゾーニング(発熱者は院内にいっさい入れない、などの区分け)もをていないところが増えているため、まさに「検査希望者が感染を拡大させる」という“検査否定派”の予想通りのことが起きてしまう危険性がある。

・そして、上に書いたように、こういう状況の中でいちばん私が恐れているのが、医師や看護師などを始めたとした医療従事者の士気やモラルの低下なのだ。これは実は、まわりを見ていてすでに感じている。3月は人類が直面している未曾有の危機に「私たちがなんとかしなければ」と医療従事者の士気は高く、知人の医師たちで作るメーリスにも「医者として一生に一度のこの事態、がんばろう!」といった言葉が飛び交った。

それが5月になってようやくひと段落し、「どうなるかと思ったけどなんとか乗り越えた」「おつかれさま。でも秋冬に備えて気を抜かずにいようね」などとお互い励まし合ってる中で、休む間もないうちにあっという間の感染拡大が起きたのだ。

しかも、官房長官らは「医療機関には余裕がある」「市中感染は起きていない」などと、現場のこともわからずに勝手なことを言っている。さらに、Go Toキャンペーンは東京を除外しながらも敢行され、大規模イベントの規制も緩和される予定だ。

その上、これまで述べたように医療機関は大病院からクリニックまでどこも減収に苦しんでおり、コロナ医療で手当てがつくどころか、ボーナスや賃金カットが実際に起きている。これでさらにコロナが受診者や入院者が増えたら、春でたまった身体的疲れや心理的緊張がもたらすストレスが一気に噴出し、「さすがにもう無理…」と急激にやる気を喪う医療従事者が出てくるのではないか。

…どうでしょう。この医療従事者の士気の急激な低下による「新しい医療崩壊」は、決して彼らのわがままや怠慢から起きるのではありません。心理学には burn out、いわゆる「燃えつき症候群」のバリエーションなどと思います。燃えつき症候群は現在、精神医療の正式な診断名には入れられていませんが、医療従事者や福祉職、牧師など他者に尽くす仕事で起きる「極度の疲労と感情枯渇の状態」を指す用語としてよく知られています。この燃えつき症候群の尺度を開発した社会心理学者クリスティーナ・マスラックによる3つの特徴をあげておきましょう。


(1)情緒的消耗感
医療や福祉の仕事には誠実で思いやりのある対応が必要だが、そのためには情緒的エネルギーが必要だ。仕事による消耗が激しくなると、情緒的なエネルギーを注ぐことに強い疲れを感じるようになる。イライラしたり怒りっぽくなったりすることもある。


(2)脱人格化
さらに情緒的なエネルギーが枯渇した状態になると、それ以上の情緒の消耗を防ぐため、「脱人格化」という防衛的な反応を取るようになる。相手の人格や感情を無視したり、自分もロボットのように事務的な態度を取ったりして、情緒を封印することで自分を守ろうとする。手抜き、投げやりといった態度に現れることもある。


(3)個人的達成感の低下
「情緒的消耗感」や「脱人格化」が起きると、当然のことながら仕事の質の低下が起きる。そのため、以前のような成果や達成感が手にすることができなくなる。仕事を続けるのも無意味に思われてきて、欠勤したり離職したりする人もいる。

医療従事者はもともと自分の仕事に使命感や責任を感じている人が多く、春先は若い医師などの中にはむしろ、「世界的な感染症の治療にかかわれて貴重な勉強をさせてもらいました!」と意気揚々と診療に携わっている人も少なくありませんでした。

しかし、彼らが極度の疲労状態にあったことは間違いない。

そして、それが癒えないうちにこの第二波(かどうかもわかりません。第一派と思われていたのはただの氷山の一角にすぎなかった、という説が有力なようですが)に襲われ、ついに「燃えつき症候群」を起こしてしまう。それが「新しい医療崩壊」の正体です。

それを防ぐためにはどうすればいいのか。もちろん、医療従事者が春の疲れを十分にまず癒すことが必要なのですが、それはすぐにはできないでしょう。だとしたら、せめて彼らが「政府も政治家も経営者も、国のトップの人たちは、医者や看護師のことはどうでもいいと思ってるんだ。拍手したりブルーインパルスを飛ばしてくれたりはするけど、結局、医療機関への補償などは不十分なまま、“コロナ病床を増やせ”と指示してくるばっかりで、あとは国民が旅行行ったり大勢で集まったりするのを推奨してる…」と見放されたような気持ちにならないよう、「こっちもしっかりがんばります。だから病院のみなさんもなんとかがんばってください」と言葉と態度で見せることではないでしょうか。

もちろん私も医療従事者のひとりとして、そしてメディアで発信する機会もある書き手として、そんなことが起きないよう、できるだけのことはするつもりです。でも、私にも限界があります。というより、私がまず「燃えつき症候群」にならないようにするのが精いっぱい、というところもあるのです。

「新しい医療崩壊」が起きないようにするには、どうしたらよいのか。みなさんの考えもぜひ教えてください。