見出し画像

さっちゃんのまほうの手

こんばんは。
🍑です。
またもや深夜に書いていますが明日はお休みなので許してもらいましょう笑

今回はTwitterのスペースで先輩とお話していた中で出てきたさっちゃんのまほうの手という絵本について書こうと思います。

さっちゃんのまほうの手の大まかなあらすじは以下です。私が覚えている内容で書くので細かくは間違ってるかも!
さっちゃんは右手の手指欠損で生まれてきました。幼稚園でごっこ遊びをしている時にさっちゃんはお母さん役をやりたかったのですが、周りのお友達は手が変なさっちゃんはお母さん役はやれないよ。赤ちゃん役をやって。
と言います。さっちゃんは悲しくて?飛び出し家に帰ってしまう。
その後お母さんがさっちゃんを愛していることをじっくり伝え、弟が産まれ、お父さんがさっちゃんを包み込む言葉をかけたり……

というお話です。

私は年長さんの時、この本をよく借りていました。
私には生まれつきの難病があります。
障害はその頃は無かったのですが、運動制限は厳しく、ほぼ全ての運動はできませんでした。

5歳。ちょうど周りと自分の違いが見えてくる時期。なんで私は出来ないの?なんで私のお腹は赤いの?なんで私の足は痛くなるの?
こんな疑問を抱え始めた時でした。

そんな時、たまたま遊戯室で見つけた絵本。
さっちゃんのまほうの手
母に読み聞かせを頼むことは私には出来ませんでした。間接的に、いや直接的に母に私のモヤモヤを伝えることになると考えたからです。私の気持ちをさっちゃんは代弁してくれた気になっていました。
でもその気持ちを伝えることははばかられた。

そんなこんなで母を含む家族に読み聞かせしてもらうことは出来ず、
ひとり部屋でやっと読めるようになった文字を読んでいたあの時。

私はわたしなりに、5歳なりに自分の病気と向き合おうとしたのだと思います。
初めての経験です。周りと違うことを受け入れる。

ちょうどその頃、同じクラスの気の強い女の子に🍑ちゃんのお腹って牛みたいだよね(牛柄みたいに赤あざがあるという意味)。と言われたことがありました。田舎の小さな保育園。3歳の頃から知ってるクラスメイト。その中で初めて自分と周りとの違いを相手に注意された出来事でした。

そのことを私は誰にも相談できませんでした。母に言えば母が悲しむと思い、先生に言うのも難しかった。先生に言えば母に伝わることは容易に想像がついたから。

そして何より、「牛みたい」と自分に投げかけられた言葉を自分が口にすることが出来なかった。

そんな葛藤を抱えながら、運動制限が理解出来るようになった、そんな時にこの絵本に出会い、私はどう感じたのだろうか。

残念ながらもう私は覚えていません。でも、少なからずさっちゃんにかけられる言葉に私も救われたのだと思います。
さっちゃんのまほうの手の様に、私の体もまほうの体なんだと、周りと違うことを初めて受け入れる1歩を手助けしてくれた本ということに間違いありません。

この絵本との出会いは後の私をつくり、今の私をつくる土台になったのではないかな?
と今更ながら感じたのです。

今回はそんなお話でした。
ハンディキャップがあっても幸せを諦めることは無い。
そのようなメッセージを初めて私に伝えてくれた本。
大事な大事な私の思い出の一欠片です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?