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扉を開けたらそこは、見たことの無い世界でした #鐵假面

右手を骨折し、マンションの更新の書類が書けないという情けない理由で横浜へ帰省。ちょこちょこタイムラインで流れていて、野外ステージとのことで興味はあった #唐ゼミ 様の #鐵假面 が大通り公園でやると知り、せっかくの機会なので当日券で観劇させて頂きました。

あらすじ


初の野外ステージ

観劇初めてしてから8年が経とうとしていますが、初の野外ステージ(テント舞台)となりました。今までとはまるで違う、ハッキリと「新しい1ページが刻まれる」と思えるエントランスでした。

初めて観るテント舞台

普通に舞台見切れてて、外からみえる。なんなら、舞台の後ろを通行人や車が通る。普段は観劇の妨げになるから静かに!なんて言われていますが、救急車のサイレンで本当に止まる。すごい空間でした。
大通り公園自体は、お世辞にものどかな場所では無い(すぐそこは有名な風俗街、ホテル街)ものの、大声で叫んではいけないワードが飛び交うカオスそのものでした。小演劇は元々少しアングラなところがあり、閉鎖的な空間だから出せる演技もあったでしょうが、おそらくこのステージで同じことをやるには1歩階段を上がる勇気が必要でしょう。バッティングセンターではなく空き地でガンガンフルスイングしてるような感じ。怒られるの上等でリミッター外せる狂った何かがないとこのステージには立てないでしょう。作品の内容もその類のものでした。

丸山正吾さん演ずる味塩の「私はストリップが観たい!」なんて、大声で声高らかに叫ぶものではない。でも、「やっちゃいけないことをやる快感」という、普段は理性が押し殺してる人間の深いところを刺激している節すらありました。多分普通の劇場だと得られない栄養と葛藤でしょう。


また、舞台は同じものがふたつと無い。という意味では天候に印象が大きく左右されるのも特徴でしょう。
今回、全公演16時30分というあまり見ない公演時間だったのは、おそらく日の入りを計算した時間でしょう。同じ舞台をお昼にやったら、クライマックスの鐵假面裁判は全く違う印象でしたし、私が観劇した回は本降りの雨となり、吐かれた白い息と共にどこか儚く無力な印象を受けました。これが満点の星空ではまた違う印象だったかもしれません。
収益を考えるならマチソワ2公演やるはずですが、そうではないところはこだわりであり、理想郷としての小演劇に近いものを感じました。多分こういう方向で公演をみんな打ちたいはずだよね。という。
また、通行人が舞台セットを覗き込む場面がチラチラありましたが、そこチラチラ観られるというのも、ある種見世物小屋で見物される側に私たちが立っていると言えるでしょう。

野外ステージならではのハプニングも普通の劇場ではあり得ない光景。全力でやってるからこそ笑えるのです。
「おかあさーん」と紙芝居屋が叫んだ先に、通行人の親子連れがいて、ビクッと振り返ったのは未来永劫現れることがないミラクルでしょう。あれが仕込みではないから面白い。

ただ、野外ステージを舐めていた反省点として、寒さでトイレがいつもより明らかに近かった。休憩時間に席を立つべきでした。。。(粗相はしてません)


ダークウェブ‪な世界のチャーリーとチョコレート工場‪‪を日本文学的に表現

私が抱いた感想です。頭がおかしくなったと思うでしょう?元々ヘンテコな頭を持ってる自負はありますが、ほんとこの表現がしっくりきた。
まず、今作で度々出てくるミュージカル的要素。津内口さん演ずるスイ子のソロなど所々違うものの、急にカットインしたミュージカルはコミカルでしたが、クライマックスで鐵假面達が行うそれは、傍から見たり、ちょっと距離を置けばコミカルそうですがどこか不気味でした。この感覚は、チャーリーとチョコレート工場でウンパルンパが歌い踊るそれに近いものを感じました。(オマージュかは分かりかねますが)
ただ大きく異なるのは、舞台となる時代が昭和初期で、「見世物小屋」などのコンプラもへったくれもない時代。アングラでもありますが、個人的にはダークウェブのような「触れてはいけない何かを見た」という印象でした。アングラは見えないところでやってたもので小劇場的にしっくりきますが、それが表に出てしまったというところがダークウェブ感がありました。

ストーリーも、冒険物や推理物のような明確な目的があるものではなく、もっとドロドロした感じ。それこそ、蟻地獄のようにダークウェブの深層にもがきながら引きずり込まれるような感覚がありました。
さらに、今作(唐ゼミさんだとそうなのか?)は台詞が印象的で、ストレートではなく文学作品のような言い回しで、シンプルな漫画のような言い方がかなり少なかった。そこを思ったのが、丸山雄也さん演ずるタタミ屋が父親に殴られたことを説明するのにわざわざ「階段の中腹で」と言ったところ。説明台詞とは違う、文学作品の読んでいるかのような耳への入り方でした。役に向かって面と向かってよりも、客席に向かって声を出す、独白的な演出が多かった印象でした。それが、現代とは切り離された世界観を作り、目の前で起こっていることの非現実感を増幅させたのではないかと思います。どれか一つだけの要素だと、途端にただ気味が悪いだけ、急に歌い出しただけとなりうるだけに、調和は見事であると思いました。

もちろんそのためには役者の方々の演技力、声量、説得力は必要不可欠でしょう。実際、タタミ屋が傷を見せるシーンが2度ありましたが、真面目な顔して白ブリーフでいるタタミ屋という素材は同じなのに2度目は笑いは起こりませんでした。変に笑いを突っ込ませずに、シリアスな雰囲気が作られたがゆえでしょう。これが地に足つかない演技だと笑いが二度起こったかもしれません。

丸山正吾さんの演技はコメディらしさを残しつつ、シリアスにも繋がるバランス感覚が本当に見事。それこそ、チャーリーとチョコレート工場のチャーリーが最初から最後までキャラが変わらないのに、場面が変わるだけでコメディな印象ととシリアスな印象が移り変わるようでした。その点では、怖いことが起こっているのにキャラのブレない強い女性を演じていた津内口さんも素敵な演技。

こんな舞台でした

お芝居の迫力に圧倒されたい。普段とは異なる環境の舞台を感じたい。ストレートなストーリーよりもドロドロした作品を観たい。という方は今後もチェック頂くと良いかなと思います。
ただ、野外ステージに慣れていない部分もあり、自分の中で頭の先からつま先まで「全てひっくるめて野外ステージでやる理由」まで昇華はできなかった部分もあります。そもそもベースが野外ステージなのであれば、そこに突っ込むのは野暮ですね。

逆に、今作に限っては、恋愛ものでキュンキュンしたり、何かしらのハッピーエンドで終わるのが好きな人はキツイかも。あと、アングラ要素が苦手な人はもっときつい。

また、今回は乱交やストリップ、見世物小屋といった、子供がそのワードを覚える過程に親が介入しない方がいいワードが飛び交いました。お子様連れのお客さんは、夕飯の際に言葉の意味を尋ねられないことを祈っております。(赤ちゃんはどこから産まれてくるのよりもキツイ)


フラッと観に行くこと

今回元々行く予定はなく、諸々の都合が良くて足を運ぶこととなりました。気になってはいたのでちょうどいいから観に行こうくらいのレベルでした。(実際満足度はとても高い)
これくらいフラっと足を向けたのです。正直決めたのも前日の夜くらいで、事前予約がもう締め切ってました。(それはそれで如何なものか)

多分推しもおらず、贔屓の団体でない舞台に足を運ぶのは昨今の小演劇界隈では稀かと思います。そんなスタンスで観劇している中で生まれた機会なので、足を運べて幸いです。次野外で観劇する際はもう少し暖かい季節かもしれません笑

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