砂嵐
わたしは村上春樹の海辺のカフカの冒頭に出てくる砂嵐の話が好き
「ある場合には運命というのは、絶えまなく進行方向を変える局地的な砂嵐に似ている.君はそれを避けようと足取りを変える.そうすると嵐も君に合わせるように足取りを変える.」
「それが繰り返される.なぜかと言えば,その嵐はどこか遠くからやってきた無関係な何かじゃないからだ.そいつはつまり君自身のことなんだ.君の中にある何かなんだ.」
「だから君にできることといえばあきらめてその嵐の中にまっすぐ足を踏み入れ,砂が入らないように目と耳をしっかりふさぎ一歩一歩通り抜けていくことだけだ」
はたから見てのんのんとした日々を送っているようにしか見えないときでも
その人にとっては砂嵐のただなか,ということがあると思う.
私の髪の毛を切ってくれる美容師さんは明るい女性でニコニコ明るく会う度たのしくおしゃべりをしてくれる.
わたしは彼女に会うまでずっと美容室が苦手だったのだが,それはずかずかと人の領域に入り込んでくるようなぶしつけな質問をされるのがつらかったからだ.
彼女のお店に行くといつも季節の花の話や近所の美術館での展示の話や旅先で出会ったきれいな景色や最近読んだ本の話なんかをする.
目上の彼女がどんな人生を送って,一人でこの素敵な店を切り盛りするにいたったか聞けずにいたのだけど,この間ついにそういう話をする機会に恵まれた.
分からない人にはきっと一生分からないけれど,似たような経験をしている人にはそれがどれほど身をやつすことなのか言葉が詰まるような話だった.
その話をきいていっそう彼女のことが好きになった.
「そしてもちろん,君はじっさいにそいつをくぐり抜けることになる.そのはげしい砂嵐を.」
「そしてその砂嵐が終わったとき,どうやって自分がそいつをくぐり抜けて生きのびることができたのか,君にはよく理解できないはずだ.」
「でもひとつだけはっきりしていることがある.その嵐から出てきた君は,そこに足を踏みいれたときの君じゃないっていうことだ.そう,それが砂嵐というものの意味なんだ.」
私はそうやって砂嵐を潜り抜けてきた人が持つ特有の強さとやさしさが好き.
村上春樹がどんなことを言いたいのかたぶんずっとわからないけど,私は私が好きな人やその過去を自分なりに解釈したり祝福したりしたいときよく村上春樹の文章を思い出す.
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