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秋鮭の白子

生まれて初めて、秋鮭の白子を食べてみた。

午後からスーパーに行った時、お魚コーナーの角で肉厚の秋鮭の切り身が並べられているのを見つけた。旬ということもあって、結構ないいお値段である。その真横に、白くのっぺりした細長い白子が並べられていた。

私は、そのさらに隣の、2割引になった北海道産アブラガレイも見て、少し迷った。アブラガレイは一度、試しに買ってみたことがあった。普通に煮つけにしたのだが、とても脂がのっていて、身も柔らかくておどろくほど美味しかったのだ。

それが2割引きとある。今夜は魚を食べたいなと思っていた私にとって、絶好のお買い得チャンスだ。しかし、白子も気になる。たぶん、記憶の中では鮭の白子は買ってみたことがない。1パックに2腹というのか、数え方がわからないが、ぷるんぷるんの大きくて細長い白子が2つも入っている。味がよくわからないのにたべ切れるかな、というのも気になった。

よし、どちらかにしよう、それだけは決めた。次に値段をみる。90円くらい違う。見た感じ容量はそんなに変わらないが、鮭の白子のほうが安い。いやいや、ここは又とない今だから、値段ではなく、食べてみたいほうにしよう。会議が始まる。

食べたことがあるお魚。味は文句のつけようがないくらい美味しいお魚。いつもより安く手に入るなんて。しかも大振りで2切れ、トレイいっぱいにむちむちに入っている。間違いなく身が柔らかくてとろける食感。これでしょ今夜は、と一方の私は言う。

いや、ちょっとまった。見た目はのっぺりして、美味しいかどうかわからなくても、旬の新鮮な魚。食べたことがないなら、チャレンジするいい機会だ。カラスガレイの美味しさはもう体験したじゃないか。食べ方がわからなくても今はネットですぐ調べられる。同じお金を払うなら、新しいほうに使ってみてもいい、しかも試してみやすい値段ときた、どうだい、と、もう一方の私は言う。

既知と未知を天秤にかけて、今夜は、未知を選んでみることにした。

少しネットで調べて、色んな調理方法があることを知った。お鍋の具に入れたり、醤油ベースでしょうがと煮つけたり、唐揚げもあった。その中でも一番かんたんそうなやり方を選んで、茹でてポン酢で食べてみることにした。

塩を満遍なくまぶして10分くらい置き、洗ってから、沸騰したお湯の入った鍋で、再沸騰してから4分くらいことこと煮る。でも、中に火が通ってないとこわいので、2分余分に煮てから氷水にとる。水気をペーパーで拭き取り、血筋のような紐状のものが縦にあるので、引っ張って取り除く。食べやすい大きさに切って山盛りにお皿に乗せ、ポン酢と七味をかける。それでも残りはまだあった。

どんな味だろうと一口いただく。あん肝の味に近い。ただこってり感は一瞬でいつまでも重くなく、くどくなくて食べやすい。それに、けっこう煮た割には想像以上にふんわり感が残っていて、やさしい口当たりだ。ところが、私の下処理がおかしかったのか、噛んでいくうちに生臭さが気になって、うっとなって途中で食べられなくなった。不味い。不味くしてしまった・・・

でもここであきらめるわけにはいかない。せっかく、カラスガレイをけって選んだのだ。ここから臭みを取って、美味しくして挽回すればいいのだ。私は食べている最中から立ち上がり、ご飯とお吸い物をテーブルにのこして、白子ポン酢のお皿を手に取ってキッチンへ行く。とりあえず、お皿の白子をポン酢ごと鍋に移して、お皿に盛らなかった残りの白子も鍋に加え、水と顆粒だし少々、しょうゆとお酢とさとう、それから、しょうが1かけをスライスして加え、2、3分ほどぐつぐつ煮てみた。

煮つける場合のレシピにポイントとして書いてあったのは、冷めてからのほうが味がなじんで美味しいということだった。しかし、テーブルに食べかけのご飯とお吸い物を残している私は待てない。私は少し表面が褐色した白子としょうがを、あつあつのうちに小皿に取り分けた。

どうかな、と思いつつ食べてみる。さすが、酢の酸味、しょうがの風味で、さっきよりだいぶましになった。これで大丈夫・・・いや、やっぱり最後の方に少し生臭さが気になる・・・どうしよう、と、考え出した。たぶん、最初の下処理でつまづくとこうなるのかもしれない。

私は、もうこうなったらと、立ち上がり、なぜか迷うことなく唐突に冷蔵庫のわさびを取り出し、まだあたたかい白子にわさびを付けて、食べてみることにした。

すると、これがとんでもなく美味しかったのだ。あの生臭みは、わさびの辛味と香りでしっかりカバーされて、白いご飯と一緒に食べると、まるでなにかの寿司ネタを食べているような錯覚に陥るくらい、別物になった。白子の旨味、鼻に抜けるわさびと酢の爽やかな香りが、お寿司を食べた直後の味にそっくりだった。食いしん坊のセンサーは抜かりない。わさびを追加で押し出し、おかわりをしてぱくぱく食べた。残りは冷蔵庫で冷やして、明日のおかずにしよう。と言ってもあと四切れだが。ということは、あの量のほとんどが胃の中に…と思うと、あの少し最初はいぶかしがっていたぷるんぷるんを、夢中で食べてしまったことになる。

食べ物のこととなると、しつこさや執念深さが、いい風に発揮される。とくに今回のように、美味しくなかった所から、劇的に美味しい所まで変えられたら、振り幅が大きなぶん印象に残っていくだろう。

食いしん坊の底力をみた日だった。

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