詩│蓮の蕾
あのひとが
みつめていたのは
蓮の蕾
祈り続けた渇涙で
あのひとが
信じたいのは
蓮の華
無念の花が種となり
沼に根付いてスッと立つ
一本の茎の先
朝日とともに開く時
極楽浄土の華をみる
極楽浄土の蓮の華
その蕾は今
朝の光を閉じ込めて
祈るように立っている
夕日にあかあか照らされて
凛と鈴なる千樹の姿
帳がおりれば
月光やさしく降り注ぎ
いつか帰ると子守唄
みつめていたのは
蓮の華
光に浮かぶ麗しき
現のお姿、夢のよな
過ぎ去さりし地上の事
深く見据えたその眼は
悪夢、邪気、呪縛、善悪など
いっさいを忘れて
充足のとぐろを巻いて深く沈む
虚ろに揺れる水中時計
蒼黒くそまった鱗に針が動くとき
曙の知らせか鳴き声か
誰かの歌か鐘の音か
一筋の光が鱗を散らす
心像光手に導かれ
ゆっくりゆっくり昇りゆく
一茎の蕾に祈りの息を閉じ込めて
自らの香にふくらんで
ひとひらひとひら開いていく
優しい瞳が光ってみえた
輝く夏に目覚める性急さで
殻を破る蝉
蛹の中から蘇る蝶
華に座った光の化身が
羽をもち 蝉となり
蜻蛉となり 蝶となり
雲雀となり 鳶となって
遠く西の空へ
潮風となっていった
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