名無し子

詩と小説とその他のもの

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溶解

陽を照り返す肌の白さ 幽霊のごとく溶けていく 蝉の声が掻き消していくお前の声を 溶けないで 溶けて 溶けないで 溶けゆく白い肌を眺めて 溶けないで 溶けて とばかり乞う

    • 祈り

      煌々と降り注ぐ光を見て そこに神を感じるのでしょう 竹林の間から漏れる夕日に 神の眼差しを感じるのでしょう 恐るべき慈愛と慈悲を持って あるいは愛すべき嫌悪と憎悪を持って 私どもを見つめる神を感じるのでしょう 赦されたいと思う心を忘れ 肩に感じる悲しみや苦しみを忘れ 心と体を投げ捨てれば そこにまた神を感じるのでしょう 汚れた手足を隠して 疲れた目元を隠して 穢らわしい罪の存在を隠して 私はここで祈りを捧げますので あなたが生贄としてこの地を踏むのを待つ

      • そして溺死する

         外を見てみると、紫陽花がそこら中で咲いていることを知る。紫陽花の青紫は鮮やかすぎてどうも好きにはなれなかった。青紫だけでなく、赤でもなんでも、私の脳と紫陽花の鮮やかな色は相性が悪いらしく、目を閉じても浮かぶ紫陽花の鮮やかな残像が、元からまとまりにくい思考を更にかき乱していくのだ。かき乱すだけかき乱して、そのまんま、残像は薄れて空しさだけを残す。その感覚が嫌いだった。  像を残させるより前に素早く風景から目を外して、車の窓ガラスに目を留めると、窓ガラスには雨粒が葉脈のように広

        • 夕陽のむこう

          夕陽のむこうになにかがいるよ なにがいる? なにがいるかはわからんが あの赤い陽の中できっと泣いている ツクツクホウシが慰めようと 鳴いてはいるが届かないらしい 涙を掬ったコンクリートが そっと見つめ返すが届かないらしい 夕陽のむこうになにかがいるよ なにがいる? なにがいるかはわからんが あの赤い陽の中できっと泣いている

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          うつくしくなりたかった

          歩く道はいつもぬかるんでいる 陽が燦々と照っていようが わたくしの足元は乾かない ひたすらにはねた泥が足を汚した  (うつくしくなりたかった) 抱く心はいつもしおれている やさしい人になにを言われようが わたくしの心には届かない ひたすらに刺さる棘が心を病ませた  (うつくしくなりたかった) 開く目はいつも濁っている 美しい光景を目にしようが わたくしの瞳を輝かせられない ひたすらに刺激する光が涙を出させた  (うつくしくなりたかった)

          うつくしくなりたかった

          太陽の寝台

          ここには何もありません。 ただまっさらな田園風景です。 たとえばこれは寝台です。 夏になれば鮮やかな緑の あの爽やかな布団が敷かれて そこに太陽が寝転がります。 ここには何もありません。 ただまっさらな田園風景です。 秋になれば太陽が寝転がって 鮮やかな緑を焦がして黄金にします。 それから稲負鳥が来て笑って またどこかへ飛び立ってゆきます。 ここには何もありません。 ただまっさらな田園風景です。 たとえばこれは寝台です。 太陽が寝転ぶために整えられ 農家の子どもの足跡さえ

          太陽の寝台

          田圃にて

          黄金の稲が光を跳ね返す 涼しげな風が稲を攫って さわさわと優しい音を立てる 赦されるならば この田圃の真ん中に斃れ 犬に首元を噛まれるのを待ちたい それからさわさわと 腕のあたりを撫でる稲の あたたかな感触を愛しながら 遠い天に祈るのだ 「神さまがおわしますならば 亡霊を切り離して わたくしの罪を浄化して」 黄金の稲が光を跳ね返す 涼しげな風が稲を攫って さわさわと優しい音を立てる その側で斃れもしない 祈りもしない 惨めに青ざめた顔がある 顔がある

          優しさ

          優しさの中で生きているから 優しさの怖さしか知らない。 陽射しを背に受けている時 あたたかく感じながらも 背中が焦げているのを知っている。 それを見過ごすわけにはいかなかったのだ。 寒いところに出た時に 恐ろしさと冷たさに触れたけれど もう焦げることはない。 背中の火傷は自分では癒せないので 火傷を癒してくれる人を探して 冷たい夜の浜辺をただ歩く。

          疾患

          それはウイルス性疾患のように たやすく感染していくものである 誰かから彼女に 彼女から私に 私から誰かに 涙を流す彼女を見ると 私は心を病むことしかできない そんな私を見て また誰かが心を病んでいく その広がりのなんと恐ろしきことか なんと哀しきことか そうしてこの世には憂鬱が蔓延して 自殺者は後を絶たなくなる そうしてまた誰かが自殺をして 彼女が自殺をして 私が自殺をして 誰かが自殺をする

          無題

          竹林の奥に光が射しこんでいる 緑が黄金に喰われている そのところに神がいらっしゃる 名もない神がそこにお立ちになってらっしゃる 農民の子どもに慈愛の眼差しを向けて 自然と遊ぶ子どもに微笑んでいらっしゃる

          花筏

          花筏で私を地獄に連れて行ってほしい 虚しいことを数えては 沈んでいく表情を 酒の肴なんかにして 春の鼓舞する光の下 花筏で私を地獄に連れて行ってほしい 揺れる水面を眺めて 美しい光景だと褒め讃えろ その声を経にでもしてしまおう 長い冬を忘れて 花筏で私を地獄に連れて行ってほしい 春の陽射しが私を照らして きっと良いところへ行ける 辛くとも苦しくとも良いのだ 人の指し示す幸いに触れず 花筏で私を地獄に連れて行ってほしい

          春が来る前に死んだ人の影を見る。 玄関から伸びる光 縁側から溢れる光 山菜の食卓 柔らかな光 ふと窶れた指を思い出す。 しかし春風のように私を愛でるその指。 縁側で微睡んでは笑う日々と テレビをつけて時代劇を見ては 穏やかに笑う日々 それらはその人の手で紡がれていた。 病気の手はきっと春を含んで。 私の骨まであたたかくした人がいた。

          埋葬

          あなたは埋葬するのでしょう 修羅と歯ぎしりと憐れむ影を うら悲しさに燃えるこころを 泥水を啜る人のうつろな瞳を あの暗い竹林のいっとう奥で あなたは埋葬するのでしょう 畜生と怒声とつりあがる眦に 不気味な音立て軋むこころに 木の葉の影に見たひとかげに 無様に怯えるのはもうおよし あなたは埋葬するのでしょう あの暗い竹林のいっとう奥で

          山の隙間

          冬の跡 木々のざわめき 藤の花 木々の隙間を縫うような光は誇らしげ。 黄金に似たそれは緑葉を焦がして。 光の届かない薄暗いところでは 枯葉がからからと笑っている。 木の枝に絡まる藤の花は 淑やかに咲き、風が吹けば花を散らして 味気ないコンクリートを彩る。 枝は祈るように項垂れて 野にも山にも惑う人の行く先に 影を作って邪魔をしている。 ああ、光が照らすところばかり美しく、 影では亡霊や人がまぼしがって 枯葉の上で一様に頭を垂れる。 おお、頭を垂れる。