新55年体制の継続を打破するには

選挙結果で勝者なしと考えていましたが、現在の新55年体制を維持したという意味では、ほとんどの議員は勝利したのかなとも考えています。

55年体制

wikipediaによれば、55年体制とは以下のとおりです。ポイントは、与党に自民党、野党に社会党がいて、疑似二大政党制となっていた点、それぞれの議席比率が2:1となっていた点です。

55年体制(ごじゅうごねんたいせい)は、日本において、与党第1党は自由民主党が占め政権を維持し、野党第1党は日本社会党が占めていた体制。1955年(昭和30年)にこの構図が成立したためこう呼ばれる。
二大政党制といっても国会の議席数では自由民主党と日本社会党の勢力比は2:1であった。そのため、「一と二分の一政党制(一か二分の一政党制)」とも呼ばれる。

新55年体制

与党が自民党と公明党の連立になっている点は55年体制とは異なりますが、今回の衆院選後の議席は自民:立民=261:96と立民1に対して、自民2.71と55年体制よりも野党の比率が若干低いものの、憲法改正に必要な3分の2までは自民党が占めていないという点は新55年体制そのもの。

新55年体制の問題点

この体制は変な意味で安定してしまっています。すなわち、自民党は与党のまま、立憲民主党は野党第一党は維持したうえで憲法改正はできません。
とうなると、起こることは与野党の馴れ合いです。世間一般のイメージだと野党(立憲民主党)は反対ばかりといいますが、法案の大半は国会を通過しているし、予算も大きな修正もなく、国会を通っています。法令案や予算案の修正もあるにはありますが、いくつかお土産として準備されたものですから、完全にプロレス。この複雑怪奇な現代社会で与党が拾っていない政治問題なんて山ほどあります。が、この馴れ合いの中では、それらの問題は拾い上げられることもないというのは日本国民にとって損失が大きい。

今回の選挙における期待と不安

これらの体制を打破するには、新55年体制の外側にいる党の票数が増えることです。今回は、維新が41議席を獲得して、自民立民に次ぐ第3党になり、まだ完全には信頼できませんが、立民を飛び出して、政策提言型の国民も11議席と共産党よりも1議席多い結果になりました。これらの2党は新55年体制の枠外ですから、国民の潜在意識の中で新55年体制の馴れ合いはなんとかしたいという思いが今回の結果になったのかなと思います。

ただし、日本維新の会は大阪だと与党、大阪以外だと与野党以外の政党という位置づけであって、今のところは吉村府知事、松井市長のコンビで与党としてのマイナスはありませんが、大阪の行政での失敗が国政に影響するリスクがあり、国政は新55年体制に対して、正論だけで挑んでどの程度成果が残せるかという点は疑問があります。特に、国会議員の年齢が他の党よりも低いという点も老練な議員相手にどれくらい戦えるかも気になります。

いずれにせよ、次の通常国会から、新55年体制の枠外の議員たちがどれくらい活躍してくれるかという点は楽しみの1つでもありますね。

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