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2個54万円の岐阜県産の柿、高値の背景

10月26日は「柿の日」です。俳人の正岡子規がこの日、奈良での旅行で「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」を詠んだとされたことから定められたといいます。今年の10月26日、愛知県豊山町の名古屋市中央卸売市場北部市場で岐阜県産の高級柿の初セリが行われ、取材に向かいました。セリでは最高ランク品に2個54万円(税込み)の値が付きました。贈答用でも柿にこんなに高い値段は付きません。関係者は「柿の取引価格としては史上最高では」と話していました。10月26日、「日本経済新聞」夕刊中部社会面に載せた記事は次のような内容でした。

岐阜県が開発した高級ブランド柿「天下富舞(てんかふぶ)」の初セリが26日朝、名古屋市中央卸売市場北部市場(愛知県豊山町)であった。糖度が25度を超える大玉の最高ランク品は昨年と同じ2個54万円(税込み)で、同市場の仲卸会社が競り落とした。名古屋市内の百貨店に卸し、店頭に並ぶ見込みだ。「天下富舞」は岐阜県農業技術センターが開発した。岐阜城を拠点にした織田信長が朱印にした「天下布武」にちなんで命名し、2016年から売り込みを始めた。糖度は20度を超えるものが多く、16度程度の通常の柿より大幅に甘い。全国農業協同組合連合会岐阜県本部の桑田博之・県本部長は「岐阜県では今季の序盤は台風などによる落果で出荷が少なめだったが、この高値は産地を元気にしてくれる」と話していた。                                                     天下富舞の市場への出荷は今年が3年目。岐阜県の本巣市や大野町で生産しており、前年と同じ約2千個を名古屋などに出荷する予定。現在、岐阜市などでも出荷に向けた準備を進めている。岐阜県は16年の柿生産量が約1万6千㌧で全国4位。福岡県などとの産地間競争を踏まえ、甘さを強めた新品種を投入した。

岐阜県は柿に思い入れがある県です。総務省の家計調査(15~17年の年間平均)をみると、岐阜市の1世帯あたりの柿への支出額は2206円、購入数量も8516㌘で全国の都市の中でそれぞれ1位です。秋になると干し柿用の柿が県内のさまざまな場所で売られ、人々が熱心に買い求める姿が見られます。また県内の瑞穂市は富有柿の発祥の地とされます。美濃加茂市から富加町にかけてつくられる「堂上蜂屋柿」という高級干し柿もあります。岐阜市の北隣の山県市にも、明治時代から作られている「伊自良連柿」という干し柿があり、農家の軒先がオレンジ色に染まります。

ですが、柿の生産量は首位の和歌山県(16年は約4万7千㌧)に大きく水をあけられているうえ、5位で隣県の愛知(約1万5千㌧)ともわずかな差で競り合っている状態です。記事に福岡県(約1万6千㌧で3位)が出てくるのは、同県が「秋王」という甘柿の新品種を投入しているからです。全国農業協同組合連合会岐阜県本部(JA全農岐阜)の担当者は「イチゴの『あまおう』のようなネーミング。手ごわいライバルだ」と話していました。「天下富舞」は、柿の市場で天下をとりたい岐阜県の戦略ブランドといえます。

© ihsakat_amayok 最高額で「天下富舞」を落札し、取材を受ける仲卸業者(26日、愛知県豊山町)

関係者が「柿の卸値としては史上最高額では」とする、2個54万円もの値段が付いた背景は何なのでしょうか。競り落とした仲卸会社の担当者は「25度という糖度の高さと、実の形がきれいなのがいい」と評価していました。もともと柿は果実の中でも、ブドウなどと並んで糖度が高いものですが、市場で試食した「天下富舞」は最高級品でなくても、いつまでも口の中が甘く感じられました。

JA全農岐阜は「まだ生まれたばかりの品種で、生産者もノウハウが少なく手探りで育てている。収穫に至らず栽培途中でダメになってしまう実も多い」と話していました。甘くておいしいことは間違いなさそうですが、新しい品種だけに量産することができないことも高値を招いているようです。

ただ、今年のこの値段にJA全農岐阜はやや残念そうでした。桑田県本部長は「岐阜県の幹部からは『今年は100万円に乗せてほしい』とはっぱをかけられていたのですが」と話していました。結局セリの値段は昨年と同値だったからです。初めて市場に出した16年は32万4千円で、大きく価格が伸びた17年のようにはいきませんでした。この日のセリを見ていると、限られた仲卸だけが手を挙げて入札しているように見えました。今年まで東京・築地市場で行われたマグロの初セリのような、活気ある熱を帯びた取引ではなかったかもしれません。競り落とされた柿は26日のうちに名古屋・栄の百貨店の店頭にお目見えしましたが、店頭価格は54万円のまま。小売りの利益は上乗せされなかったことになります。食品売り場に来客を呼び込むための話題作りや、ご祝儀相場としての意味合いが強かったということでしょう。

かつて私は松阪牛や神戸牛といった高級食材の取引価格を取材していた時期があります。そのときに、高級食材の価格は日経平均株価などの動きを反映し、景気動向に大きく影響されていると学びました。今年、高級柿の値段が前年を上回らなかったのは株価など今の景気動向を反映しているのかもしれません。来年「天下富舞」にはいくらの値段が付くのか、今から注目しています。