武士外道

「蛇だよ。わかるか?」

 唾を飛ばしながら男が叫んだ。時折無精ひげを撫でながら言葉を続けた。
「そいつぁ左腕が根元からさっぱりねぇんだ。だがな……ただでさえ長ぇ右腕の先から、なんでか知らねぇがそいつの左腕が伸びてんのよ。それが蛇みてぇにうねうねして、気味悪ぃったらねぇや」
 飛び出した興奮と入れ替わるように安酒が喉へと落ちてゆく。
「へ、へ、へ。なるほどな。ソイツは間違いねえ、<蛟の曼婆(まんば)>だな」
 対面に座る若者が笑う。布で包まれた腕が動く度、キリキリと軋む音がしたが、酔っ払いの耳には届かない。
「そいでおっちゃん。どこで見かけたんだ?」
「おお。ついさっき脂身川の隣のよぉ、星茶房ってぇ茶屋の傍で見たんだぜ……何者なんだ、そいつぁ」
 若者が笑いと軋みをハミングさせながら口元を歪めた。
「ソイツはな……武士外道さ。オイラとおんなじ、な」
 投げるように支払いを済ませると若者は店を飛び出した。
 奇妙な前掛けを身につけていた。
 木で作られた前掛けは、鎧の草摺のような層状パーツに車輪が取り付けられていた。
「急ぐぜ!!」
 おもむろに寝そべると手足の布を剥いだ。
 剥き出しになったのは――異様なまでに細い木製の手足!
 さながら昆虫のようなフォルムの若者が勢いよく手足を動かすと、馬に匹敵するスピードで車輪が回りだした。

「――虫のような姿。<陽炎の迷飛(めいひ)>か」
 2メートルを超す浅黒く長身痩躯の男は、駆け付けた若者を見るなり言った。若者は否定も肯定もせず、不敵に笑った。
 先ほどの酔っ払いの言う通りだ、と一人頷いた。
 およそ4メートル。男の右腕の長さだ。
「揺らいで、飛んで、刎ねる。んでぇ、オイラかソイツの命がパッと散る。だからオイラは陽炎よ」
 異常なまでに両手足を反り返らせると、迷飛は義手義足を換装した――戦闘用に。

【続く】

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