食べ物の話『おにぎり』(修正版)

登場人物
・葛葉 希(くずは のぞみ)
・篠原 ともえ(しのはら ともえ)
・宇都宮 柚(うつのみや ゆず)←お世話係りの使用人(メイド)


葛葉望視点

 今日、僕が目を覚ましてから現在の夕食になっても彼女は自分の部屋から出てこない。
 彼女のお世話係りのメイド曰く、「ともえ様は現在、仕事の締め切りに追われています」と教えてくれた。
 だから、朝から静かだった。
 いつもなら、彼女が朝の挨拶をするために僕の部屋に訪れる。
 朝食、昼食、夕食は使用人達が作った料理を一緒に食べ、その後は僕の暇潰しになるような物を彼女が持って来てくれる。
 今日は彼女が傍にいなく、使用人からの言葉に僕は一人の時間である。
 前に彼女が持って来てくれた物(新聞、雑誌、小説、漫画、DVD)を、自分用の部屋で過ごすことにした。
「……」
 彼女が傍にいない静かな空間。
 その空間に、彼女の存在が感じないのは落ち着かない。
 僕が彼女の傍にいるのは、金銭的なメリットがあるからであって……。
 それ以上のことは全くない。
 しかし、彼女は僕に傍へと居させたがる。
 彼女が僕に好意を抱いていることは知っている。
 その気持ちを知っていながら、僕は彼女の好意を無視して傍にいる。

 夕食時、一人で食事をし終わった僕は彼女のお世話係りの使用人にお願いしてみた。
 僕のお願いに、使用人は驚いた様子をしたが「ご案内致します」とにっこりと笑っていた。

 彼女の使用人に案内してくれた後、無茶苦茶広い厨房に僕だけがいた。
 凄く綺麗な厨房の冷蔵庫は想像したよりも大きく、中にはさまざまな食材がたくさんある。
 僕はまず、一番最初に米を炊く。
 その次に冷蔵庫から、必要な食材を取り出す。
 基本的に料理をすることはなく、彼女の家に住む様になってから使用人達が美味しい料理を作ってくれる。
 使用人達の様に美味しくできないが、僕は彼女のために料理を作った。


篠原ともえ視点

 コンコン。
「入って良いですよ」
 私が許可を出すと、かチャと部屋のドアを開く音がする。
「失礼します。お食事を持って参りました」
「……机の上に置いて下さい。後で食べますので」
 そう伝えた私にお世話係りの使用人である宇都宮柚さんは、持って来てくれた食事を机の上に置いた。
「……おにぎり?」
 白色の皿の上には、海苔に巻かれた白米のおにぎりが二個と漬け物がある。
 おにぎりの形は、少しだけ歪んでいる三角の不器用なものだった。
「誰が作ったの?」
「葛葉様です」
「……え?」
「あの方が、ともえ様に作ったおにぎりでございます」
 あの人が私に、と驚きと嬉しさに仕事の疲れが吹っ切れた。
「はい。今日の夕食後、葛葉様がともえ様のために夕食を用意したいと仰ったのです」
 その言葉を聞いて、私は頑張れそうだった。
「休憩して、召し上がりになされたらどうでしょうか?」
「もちろん、頂きます」
 葛葉さんが用意してくれたおにぎりを一つ手に取り、一口食べて味わう。
 少し冷めきっており、塩の味が強く、おにぎりの中身は梅干しが入っていた。
「(あ、私の好きな梅干しだ……)」
 私の好きな食べ物である梅干し。
 葛葉さんに自分の好きな食べ物の話をしたことがある。
 一度しか、喋っていないことなのに覚えてくれていた。
 心が暖かい気持ちになりながら、私は葛葉さんが作った塩気の多いおにぎりを味わって食べる。
 次に、二つ目のおにぎりを手にして一口食べると中身は鮭であった。
 これも、私の好きな食べ物。

 今日の朝から、葛葉さんに会えなかったこともあってテンションは下がっていた。
 仕事は真面目にしたけど……。
 黙々と食べている私は、葛葉さんが作ってくれたおにぎりにやる気が出た。
「柚さん」
「はい、ともえ様」
「徹夜するので、ブラックコーヒーを淹れて下さい」
「かしこまりました」
 柚さんは部屋から出て行き、私は残りのおにぎりと漬け物を味わって食べ終えた。
 右手で万年筆に手に取り、目の前にある紙の原稿用紙に小説を書いていく。
 徹夜は好きではないが、葛葉さんのお陰で頑張れる。
 柚さんが淹れたブラックコーヒーもあって、寝ずにすんだ。

 そして、仕事が終わった日はベッドに寝込んだ。
 柚さんから「一日中、起きなかったですよ」と言っていた。
 そして、あの日がきっかけで葛葉さんは私におにぎりを作ってくれることをまだ知らない。

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