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第14回 おなじみの科学法則で価値の法則を語る

資本論-ヘーゲル-MMTを三位一体で語る」の第14回。

 前回は Durchschnitt 平均の話をしたから精読に戻る!と予告していた気がしますが、ごめんなさい、もう少し下準備をすることにしました。

 前回エントリでも触れたマルクスからクーゲルマンへの書簡において科学や価値法則の話がありましたが、その周辺の話をしっかりしておくのが良いと考えたからです。

 さっそくですが、資本論の最初の等式はこれでしょうか。

「1クォーターの小麦=aツェントナーの鉄」

 この個所です。

この関係は、つねに、与えられた量の小麦がどれだけかの量の鉄に等置されるという一つの等式で表わすことができる。たとえば、1クォーターの小麦=aツェントナーの鉄というように。

(「資本論」岡崎訳)

 この「等置される」の原文は gleich-setzen (等しく-置く、等置する)という動詞の、その受け身の形です( gleich-gesetzt )。資本論の中でこの言葉が重要な働きをしているであろうことは言うまでもないでしょう。
 ところで、Gesetze (法律、法則)というこれまた重要な言葉がありまして、これは setzen (置く)の過去分詞形が名詞化したもので、「置かれたもの」「設定されたもの」というニュアンスを持ち、「個人にはどうすることもできない宿命的な事態」、だから法則なのだという感じです。
 資本論におけるこの言葉の重要性は、上記のクーゲルマン宛て書簡からも、これまた明らかでしょう。

Die Wissenschaft besteht eben darin, zu entwickeln, wie das Wertgesetz sich durchsetzt.
価値法則がどのように貫徹されていくかを、逐一明らかにすることこそ、科学なのです。

 ここで gleich-setzen と Gesetze は語幹を共有していることは、綴りを見ればすぐにわかります。

 ところが「等置する」と「法則」という日本語を見たときに、この両者の共通性がわかりません。

 さて、わたくしはこれから科学の法則、とりわけ「ボイルの法則」という例を使うことで、この共通する「感じ」を示していけたらと思います。

 またさらに、日本語ではつかみにくい darstellen、gelten といった動詞やnotwendig という形容詞といった言葉たちの説明をしていきます。

 たとえば gelten は「(法則が)成り立っている」「(法則が)設定されている」というニュアンスを持つ動詞ですが、「通用している」と翻訳しても間違いではないものの、ワタクシには ちょっと違うという感じがしています。

 notwendig は「必要な」と訳されがちですが「必然の」というニュアンスを持ちます。たとえば「生きるものは必ず死ぬ」や「1足す1は2」という「法則(Gesetze) 」は「必然」ですが「必要」というとちょっと違います。

トリチェリの実験、ボイルの仮説

 ではまずボイルの法則とは?

 この法則、下のサイトのような説明がなされます。水銀の実験の概略をまずはそちらで確認願います。

 ただこの解説における「この実験から、ボイルは、一定の温度で気体の圧力が2倍、3倍…にされるたびに気体の体積は1/2、1/3…に減るという事実を考えてきました。」と書かれているのは不満です。

 ボイルが考えたのはそういうことではなく、むしろ空気の弾性、ばねとしての性質だったのです。

 この前段には有名なトリチェリの実験(1643年)があります。ボイルが1627年生まれですから、この実験はボイルが16歳ごろの最先端科学ニュースだったということになります。

 トリチェリの実験。

トリチェリの実験の図

 トリチェリの実験は、自然は真空を嫌うとしたアリストテレスの自然観を否定するものとして画期的なものでした。そしてさらに真空だけでなく、空気に関心を寄せる人たちの関心も引き付けることになりましたが、空気の弾性、ばねのような性質に関心を持っていたボイルもその一人でした。

 トリチェリの実験は、見方を変えると「大気」と「水銀」という異なる質が、同じ大きさの断面積に及ぼす力という観点で「釣り合う」関係にあることを示していると言えます。

 図にすると下図のように「大気」のその力には「水銀29インチ分」の力が釣り合っている。

「大気」と「水銀29インチ分」が釣り合う

 空気はちょうどウールのクッションのように、押しつぶすことができるが、手を放すと再びもとの状態に戻る性質、つまり弾性があるとボイルは考えていました。
 そしてボイルは、トリチェリの結果から、こんなことを考えたのです。

ボイルの想像

バネの性質はこうでした。
長さが半分になると二倍の力を支えます。

ばねの反発力

「空気のばね」もそうなのでしょうか。
下の図を見てください。


圧縮空気の反発力は?

 ここでもし?が大気圧と等しければ、空気はばねと同じ弾性体だということを示すことができます。
 ボイルは、水銀とガラス管を使えば、この問題を確かめることができる!と思いつきました。見事です。

 水銀の29インチ分は大気圧と同じことはトリチェリの実験で分かっているので、もしも1/2圧縮空気が29インチの水銀と釣り合うならば、圧縮空気の反発力(赤)は二倍になっていることになる、という仕組みです。
 図にしておきますね。


法則から始まる科学

「サイエンス大図鑑」(アダム・ハート=デイヴィス 河出書房新社)という本のボイルの項では次のように書かれています。

気体のふるまいの理解が進むと、科学・技術の両面で、気体の法則から蒸気機関、さらには家庭の真空掃除機に至るまで、さまざまな新発見・新発明がなされていった。

17世紀中頃に発見された真空は、哲学者たちに地表を1㎠あたり約1㎏という力で押す大気圧の力のすごさを示した。この力の利用法のひとつが、蒸気を凝縮して真空をつくりだしておいて、大気にその真空を除去させることだ。ニューコメン機関はそういう仕組みで、何十年にもわたって炭鉱の水を汲みあげ、労働者たちがさらに深く掘り進めることを可能にした。

 このように、科学技術の発展は「大気」と「29インチの水銀」が釣り合うという等式から出発していると言えます。

 価値法則の科学も同じです。
 物質の圧力の関係は、つねに、与えられた物質のそれが、どれだけかの量の水銀に等置されるという一つの等式で表わすことができます。たとえば、1/2圧縮の空気=xインチの水銀というように(実際に torr、mmHg という、水銀を基準にした圧力単位は現在も広く使われています)。
 価値法則の論理は、こうした科学とまったく同様に、以下の関係から始まります。

この関係は、つねに、与えられた量の小麦がどれだけかの量の鉄に等置されるという一つの等式で表わすことができる。たとえば、1クォーターの小麦=aツェントナーの鉄というように。

 これからは、以上を踏まえてマルクスの言葉を、おなじみの科学法則になぞらえながら説明していきたいと思います。

 「空気の反発力=xインチの水銀」という等置関係から始まった気体の科学の論理(あるいは言葉)と、「1クォーターの小麦=aツェントナーの鉄」という等置関係から始まる価値の科学の論理(あるいは言葉)はかなり重なるものがあります。

 それでは! 

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