ゲルハード式発音記号のすゝめ
この記事ではゲルハード式発音記号をご紹介します。
ゲルハード式発音記号は、音声学者のロバート・H・ゲルハード(国際基督教大学名誉教授)によって考案された英語の発音記号です*1。簡単で分かりやすいため、学習用の発音記号に適しています。
以下、ゲルハード式発音記号を [ ] で囲って示すことにします。
子音
ゲルハード式発音記号は次の子音記号を使います。
[p, b, t, d, k, ɡ, m, n, ŋ, l, f, v, θ, ð, s, z, ʃ, ʒ, h, tʃ, dʒ, j, r, w, (h)w]
おなじみのジョーンズ式などと同じですから、特に説明はいらないでしょう。
母音
ゲルハード式発音記号の特徴は母音の表記にあります。次の8つの母音記号を使います。
[i, e, æ, ɚ, ə, ɑ, o, u]
これらの母音記号と長音記号 [:] の組み合わせによって、アメリカやイギリスの標準的な英語に存在するあらゆる音を表記しわけることができます。
短母音は基本の8つの記号をそのまま使います。
長母音は次のように、基本の記号に [:] をつけて表わします。このうち [ɚ:] はアメリカ英語、[ə:] はイギリス英語でしか使われません。
[i:, ɚ:, ə:, ɑ:, o:, u:]
二重母音は次のように、基本の記号を2つ組み合わせて表わします。
[ei, ɑi, oi, ɑu, ou]
[iɚ, eɚ, ɑɚ, oɚ, uɚ](アメリカ英語のみ)
[iə, eə, oə, uə](イギリス英語のみ)
他の方式で用いられている、ɪ, ɛ, ɜ, ʌ, ɜ˞, a, ɔ, ɒ, ʊ などの記号は必要ありません。ゲルハード式ではそれぞれ次の記号が用いられます*2。
ɪ → [i]
ɛ → [e]
ɜ, ʌ → [ə]
ɜ˞ → [ɚ]
a → [ɑ]
ɔ, ɒ → [o]
ʊ → [u]
アクセント
ジョーンズ式などの発音記号では1音節の単語にはアクセント記号をつけませんが、ゲルハード式では1音節の単語にもアクセント記号をつけます。
”That” という単語は強形ではアクセントのある [ðǽt]、弱形ではアクセントのない [ðət] となります。1音節の単語にもアクセント記号をつけることで、このような違いが分かりやすくなります。
語例
様々な単語をゲルハード式発音記号で表記してみましょう。( ) は省略できることを意味します。
[p] pipe [pɑ́ip]
[b] bribe [brɑ́ib]
[t] toast [tóust]
[d] deed [dí:d]
[k] cake [kéik]
[ɡ] gag [ɡǽɡ]
[m] sum [sə́m]
[n] sun [sə́n]
[ŋ] sung [sə́ŋ]
[l] loyal [lóiəl]
[f] fife [fɑ́if]
[v] valve [vǽlv]
[θ] thin [θín]
[ð] this [ðís]
[s] sauce [só:s]
[z] zones [zóunz]
[ʃ] fashion [fǽʃ(ə)n]
[ʒ] vision [víʒ(ə)n]
[h] house [hɑ́us]
[tʃ] chain [tʃéin]
[dʒ] judge [dʒə́dʒ]
[j] youth [jú:θ]
[r] road [róud]
[w] walk [wó:k]
[(h)w] white [(h)wɑ́it]
[i] pity [píti]
[i:] bead [bí:d]
[iɚ] beard [bíɚd](アメリカ英語)
[iə] beard [bíəd](イギリス英語)
[e] bed [béd]
[ei] bake [béik]
[eɚ] bear [béɚ](アメリカ英語)
[eə] bear [béə](イギリス英語)
[æ] cat [kǽt]
[ɚ] bigger [bíɡɚ](アメリカ英語)
[ɚ:] bird [bɚ́:d](アメリカ英語)
[ə] among [əmə́ŋ]
[ə:] bird [bə́:d](イギリス英語)
[ɑ] box [bɑ́ks](アメリカ英語)
[ɑ:] balm [bɑ́:m]
[ɑi] pine [pɑ́in]
[ɑɚ] barn [bɑ́ɚn](アメリカ英語)
[ɑu] town [tɑ́un]
[o] dog [dóɡ](主にイギリス英語)
[o:] ball [bó:l]
[oi] boil [bóil]
[oɚ] door [dóɚ](アメリカ英語)
[oə] door [dóə](イギリス英語)
[ou] bowl [bóul]
[u] book [búk]
[u:] boot [bú:t]
[uɚ] poor [púɚ](アメリカ英語)
[uə] poor [púə](イギリス英語)
注
*1 Robert Hassler Gerhard (1904 - 1963)。「Gerhard式」「ゲルハルト式」「標準簡易表記」とも。ゲルハード式は『最新コンサイス英和辞典』などの三省堂の辞書に採用されましたが、それまで使われてきたジョーンズ式と異なることから反発を受け、現在ではほとんど使われていません。残念なことです。
*2 ɪ, ɛ, ɜ, ʌ, ɜ˞, a, ɔ, ʊ のような難解な記号を用いないことは、ゲルハード式が不正確であることを意味しません。これらは同じ音素が前後の音の違いによって別々の音声として現れたものと考えられます。むしろ、ゲルハード式のように最小限の書き分けに留めることで、英語において非常に重要な違いである [æ, ə, ɑ] のような区別をすることに集中することができます。
参考
ロバート・H・ゲルハード - Wikipedia
三省堂編修所編(1951)『最新コンサイス英和辞典』三省堂
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