ステップバック【400字小説】
「ひげ、どうにかしなさい」とヨウスケは母親にいつも帰省するなり言われるので、うんざり。車で45分の距離だから頻繁に帰ってもいいものだが、ひげの一件で、盆と年末にしか帰らなかった今年。ひげを生やすのはポリシーで、ヨウスケのマナーでもあった。「ハーデンっていうバスケ選手が好きなんだよ」と言ったところで、母親が理解するわけはないので言わない。「会社の上司は何も言わないの?」とヨウスケの母は畳み掛けて言ってくる。
「お父さんだって、ひげもじゃだったじゃん」
「お父さんはお父さん!」
どんな方程式も母親には通用しない。だからいつも決まって終わりは「黙れ、うるせえ」だった。ヨウスケはステップが下手で毎回母親の口撃をかわせない。仏壇でひげぼーぼーの父親が小さく笑っている。もう二度と帰ってくるか!と内心思いつつ、年の瀬を母一人で過ごさせるのは気の毒と思うのがヨウスケのやさしいところ。彼はひげの茂みに妖精を飼っている。
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