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ボット先生  【第29話/全35話】

 本村さんがお母さんを窘め、その言葉にコーフンして、お母さんは、噛みつきそうな勢いで本村さんに言い返していた。もうボクには、大人の言葉が耳に入らなかった。叔父さんも加わって、大人三人で大議論。
 ああ、お父さん。
 ボクは、お父さんを知らない。でも、父親のいない子はいない。死んだとは言われていないから、どこかにいるはずだ。お父さん、助けて。ボクは目を閉じた。そして祈った。お父さん。この人たちは、嫌いな勉強をしたくなければ、YTSに行け、なんて言うんだ。
 この人たちが、いなくなったらいいのに!
『レディース、エーン、ジェントルメン! おとっつあん、おっかさん!』
レストランの中に、大音量のアナウンスが響き渡った。
『お食事中、ご歓談中、平にご容赦。これより、当レストランビュッフェ名物、大道芸ショーの開幕でござーい』
広間の中央のステージに、ドゴール帽を被り、顔を白塗りして右目の周りに星を掻き、たらこみたいに口紅を塗った、タキシード姿のピエロが現れた。ピエロは、手の中に持った赤と黄色のボールを、ひょいひょいと胸の高さで円を描いて投げていた。はじめは二つだったけど、三つ、四つ。青と緑が加わって増えた。紫、白。数が増えるにつれ、ボールの描く円が大きくなった。
『本日皆様にお披露目しますのは、キョーイの軟体少女! 骨のない女の子! ジャスミン・ウーでございます』
港に向かった窓の方から、黒のタンクトップとタイツを着て、ピンク色のショートパンツを穿いた子が、側転、前転、前方宙返りと、飛び技で進んで中央のステージに上がった。拍手が沸き起った。彼女は、紅を塗った唇をほころばせ、手を振り上げてあいさつした。
 ウーちゃんじゃないか!
 他の客に吊られて、大人三人はステージに向かった。ボクもその後ろについて、人ごみの中に入り込んだ。
 ウーちゃんは逆立ちした。そしてエビぞりになり、お下げ髪を両足の指で掴んで上げた。
 おおーッ。
 観客から拍手が上がった。
「可愛いわね」お母さんが振り返って言った。
 ウーちゃんは引っ込んだ。またピエロが前に出た。
 ピエロは、目についた六年生くらいの子を指差し、クイズを出した。
『空を飛ぶのに、羽がないのはナニ?』
「ヘリコプター」
その子は即座に答えた。ピエロは大げさに拍手し、彼をステージに上げた。
 次にピエロは、ボクを指差した。
 え、マジ! 
 なんだよ、この注目。ボクの前の三人の大人だけじゃなく、他の客も、一斉にボクに注目した。
『船なのに、浮かばないのはナニ?』
「潜水艦」
簡単すぎるぜ。このなぞなぞ、三年の頃に読んだ『なぞなぞ図鑑』に載ってたし。
 ボクもステージに上がらされた。何だよ、そんな気分じゃないのに。
 ピエロは突然、ピシッと鞭を鳴らした。ボクともう一人の子は、獣の耳のついたカチューシャと、尻尾の下がったベルトを着けさせられた。また、鞭がピシッとなる。チェッ、サーカスの動物役か。カッコ悪い。ふてくされて逃げてやろうかと思ったけど、となりの子がノリノリで、あごの下に拳を並べ、舌を出してちんちんのポーズなんかして、観客から笑いを取っているので、ボクだけノリが悪いのも気まずくて、同じようにポーズした。
 こういうところがイヤなんだよな、自分の。
 人前だと、いい顔しようとしてしまう。本当は、大道芸の飛び入りなんてしたくないのに、勢いで上がらされて、情けない役を押し付けられている。こういうの、いじられキャラっていうのかな?
 一度引っ込んでいたウーちゃんが、電動ボードに両手を突き、逆立ちしてまた現れた。観客たちから拍手が起こる。お母さんも、本村さんも笑ってやがる。ひょいッと飛んで立ち上がったウーちゃん、観客に向かって華麗に挨拶。チェッ、気取ってやがる。逆にボクらは、観客に尻を向けて、四つ這いにさせられた。ボクらの前には、黒丸の点の周りに、円が三重に描かれた的。ピエロは鞭を置いて弓を持っていた。そうか。この芸、見たことあるぞ。
 ウーちゃんが、ボクらの背中に乗って、矢を放つんだ。見事当たればご喝采。それもただ放つわけじゃない。ボクらの背中で逆立ちして、右足で弓を構え、左足で弦を引く。後頭部をつま先で掻ける彼女だからできる技だ。
 フン、つまらん。ウーちゃんばっかり目立って、ボクはわき役じゃないか。
 例えば、こういうのはどうだろう? ウーちゃんが背中に乗る。片手ずつ、ボクと、となりの子の背中に置いて、逆立ちする。ピエロに渡された弓と矢を、足の指で掴んで構える。華麗なる射撃ポーズ。その瞬間、ボクが伏せる!
 観客から歓声が上がった。ひと際大きい拍手も起った。ウーちゃんは、見事に的の黒丸を射抜き、ボクらの顔の前に降り立って、また華麗なる挨拶をした。


ボット先生  【第30話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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