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ボット先生  【第28話/全35話】

「まあまあ」本村さんが、目尻を下げてお母さんを窘めた。「そんなに問い詰めたら、答えたくても答えられないよ。別に今すぐ、答えを出さなくてもいいんだ」
正面からボクを睨んでいたお母さんは、左斜め上に視線を外し、椅子の背もたれに寄り掛かって、鼻からため息をついた。
 叔父さんが、ズズッとラーメンをすすった。
「キミの成績を見させてもらったよ」
本村さんは、優しい笑顔をボクの方に向けた。
「科目によってバラツキはあるけど、平均的なレベルは高い。特に国語と社会は抜群にいい。キミは、しっかり勉強をすれば、いい学校に進学できるよ」
「英語が苦手です」
ボクは言った。お母さんが口を挟もうとしたけど、本村さんは、左手でお母さんの膝を叩いて止めた。
「英語は、中学校で勉強すればいい。今やっておきたいのは算数だ。算数は、すべての学問の基礎だからね」
「算数は嫌いです」
「好き嫌いで決めちゃダメって、言ってるでしょ!」
「いやいや、好き嫌いも、動機の内だよ」
本村さんはお母さんの方を振り向いて言った。
「ちゃんと、自分の意見が言える。この子は、しっかりした子だ」
また、お母さんは鼻息を吹いた。
「いつ結婚するの?」
叔父さんが、奥歯に挟まったチャーシューのかすを吸い出しながら尋ねた。
「まだ決まってないわよ」
「オレだって都合があるんだから。早めに知らせてくれよ」
「分かってるわよ」
本村さんは咳払いして、叔父さんの名前を呼んだ。
「面倒をかけてすみません。お互いはじめてじゃないから、簡単に済まそうと、話し合っているところなんです」
何の話だ?
 ボクの頭上の空中で、話が進んでいた。結婚? 誰の?
 いや、ボクだって、バカじゃないから分かるよ。今までのことを思い返せば、お母さんが、ボクの知らない男の人と仲良くしているのは分かっていた。つまり、本村さんは、お母さんの新しい彼氏ってわけだ。
 彼氏ってのは恋人だ。恋人は、好きな人だ。好きな人とは、一緒にいたい。つまり、結婚したい。
 お母さんは、本村さんと結婚するつもりってわけだ。
 するとボクはどうなるか。ボクは、お母さんの子だから、村田テツヤだ。おじいさんも、おばあさんも村田だった。当然、叔父さんもだ。ところが、目の前の本村さんとお母さんが結婚すると、ボクは『本村テツヤ』になる。
 村田テツヤは、どこかへ行っちまうってわけだ。
 ボクはお母さんを睨んだ。お母さんは、うんざりした顔つきで、今度は右に視線を逸らした。
「キミは、オーケー大を出ているんだそうですね?」
本村さんは、叔父さんに話し掛けた。ええ、まあ、と叔父さんは照れ臭そうに返事した。
「中学から入るのは、大変だったでしょう?」
「どうですかね。大学から入る方が、難しいって近頃は言われますけどね」
「いやあ、そうは言っても、大学入試は三教科だし、推薦入試もあるから。近頃は、定員の半分くらい推薦で取るそうじゃないですか」
「ボクは、その半分ですよ。まあ、それくらい入口を絞らないと、高い偏差値を維持できないってことなんでしょうけど」
チェッ。和やかに話す叔父さんの口振りに、ボクは裏切られた気分になった。何が、オーケー大だよ。あんなとこ、金さえ払えば誰でも入れる、とお母さんはいつも陰口を言っていた。おじいさんがオーケー大出身だったので、お母さんも叔父さんも、小学生の時に受験させられたそうだ。お母さんは、お金をかけてもらえなかったので受からなくて、滑り止めの女子校に入ったらしかった。
「別にオーケーじゃなくてもいいけど、中学校からは、私立じゃないとダメ」
お母さんは急に口出しして断定した。
「いや、ダメってこともないと思うけど」
「ダメです」
本村さんは苦笑いして、チラッとボクの顔を見た。この人、かなりお母さんの性格を把握しているらしい。
 ボクは俯いた。食事の手が止まった。何が、どうなっているのか。何を、どうすればいいのか。ボクは今のままでいいのに。このままでいいのに、周りはボクを置き去りにして、先に進もうとしているんだ。
「お金の心配なら、いらないんだよ」
お母さんは畳み掛けた。
「ウチはビンボーだけど、アナタが勉強するお金は、ちゃんと取っておいてあるんだから。それは、考えないで。ただ、受験するには時間が足りないの。入試は来年の二月だから、後、一年半しかないのよ。他の子は、一年半前から始めてるのね。だから、すぐにでも受験勉強を始めて、追いつかないといけないの」


ボット先生  【第29話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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