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ボット先生  【第25話/全35話】

 フジモト君は、白いジャージを着て、赤い車の傍に立っていた。ネクタイを締めていないフジモト君を見たのははじめてだった。ちょっと機嫌悪そうに、眉間に皺を寄せていた。
「一応、状況を説明しておこう」運転しながらフジモト君は言った。「今晩、ケンタ君たちの乗った船が出航する。本当は昨日だったんだけども、ボクとボット先生で交渉して、一日延ばしてもらったんだ。というのは、やっぱりボクらは、ケンタ君もマミちゃんも手放したくない。これからも、少なくとも小学校を卒業するまでは、一緒に勉強したい。そう思うんだ」
フジモト君はボクを見た。ボクは慌てて首を縦に振った。
「だから、二人を取り戻したい。そのために、いろんな手立てを講じているところだ。でもね、」
信号が赤になって、先生は車を止めた。急ブレーキ気味で、ボクは前のめりになってダッシュボードに頭をぶつけそうになった。
 フジモト君はボクの方に顔を向け、「最終的には、ケンタ君とマミちゃん次第なんだ」と言った。目が信号の光を反射していた。
 みなとみらいの、日本丸の近くに、フジモト君は車を停めた。前にボクが助けられたところだ。
 ケンタもマミちゃんも、外国に行くことを嫌がっていない。ケンタのお母さんも、それを承知しているそうだ。マミちゃんの家にはお父さんもいるけど、両親とも、外国行きに反対していないらしい。
 そんなことって、あるのかな?
 里親って、要するに、親がちがう人になるってことだ。子どもは親を選べない。でも、親に子どもを育てることができない場合がある。それは、お金のこととか、相性とか、いろんな事情による。親子関係がうまく行かなければ、お互いに不幸になる。そういう不幸な関係をなくすために、YTSの里親活動があるってわけだ。
 でも、ケンタのお母さんが、ケンタを手放していいと思っているなんて、信じられない。いつも、好き嫌いの激しいケンタのためにハッシュポテトを買い置きしておいてくれる、優しいお母さんだ。マミちゃんのお母さんだって、そっくりな顔の、気の良さそうな人だ。
 そうだ。きっと二人は騙されているんだ。ボット先生の言う通り、ボクは彼らを説得して、帰らせなければならない。
「実はね、キミを欲しがっている夫婦がいるんだ。東南アジアの国の人なんだけど、旦那さんは、お金持ちのお坊さんでね、」
フジモト君は、海の方へ乗り出して、手に持ったスマホを操作しながら言った。例の、サラダボール型潜水艦が浮かんできた。ボクは船着き場からそれに飛び乗った。
「ゆくゆくは、お寺を継いでもらいたいらしい。あっちの大学に通う費用も、さらに、有名な寺で修行する費用も、面倒見てくれるんだって」
言い終わらないうちに、フジモト君の首がポロリと落ちた。
 は? 何だ?
 フジモト君が、体だけになっちゃった! 
「ハイー!」
変な雄叫び。ボクはのけ反った。例の、おかっぱ前歯。針金みたいなカンフーオジサンが、後方からの跳び回し蹴りで、フジモト君の首をふっとばしたんだ。首はサッカーボールみたいに弾んで海に落ちた。
 何だ? どうしたんだ?
 体だけになったフジモト君は、両手を振り上げて前歯オジサンの襟首を掴んだ。前歯さんはその手を握り上げ、膝蹴りでフジモト君の脇腹を襲った。フジモト君はいったん離れ、腰を低くして前歯さんの足を狙って蹴りを繰り出した。
 首無しなのに、闘ってる!
 奇妙な戦闘に見とれていたボクは、ふいに頭から蓋をされて、潜水艦の中でしゃがんだ。潜水艦はぐるぐる回転し、海中に潜った。
 ちょっと待って。訳が分からない!
 フジモト君って、ロボットだったの?
 いや、そんなはずはない。他の先生と同じように全校集会で話をしていたし、低学年のクラスで、子どもと一緒に給食を食べていた。ロボットだったら、ボット先生みたいに充電だけで動けるはずだ。人間の食べ物を食べる必要はない。
 わけ分からん。ボクはサラダボール型潜水艦に乗せられて、また豪華客船の船底に送られた。

ボット先生  【第26話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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