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ボット先生  【第27話/全35話】

 豪華客船『キング・チャーリー』が出航した。朝、テレビのニュースで言っていた。行先は、マレーシアだそうだ。マレーシアってどこだっけ。ボクはジシューくんで検索した。東南アジアの、細長い半島だ。そんなに遠くないんじゃないかな。
 ケンタがいなくなったなんて、まだ信じられない。
 でも、もっと信じられないことが起きた。ボクが、ボクじゃなくなるって?
 土曜の朝、ボクは叔父さんの狭い部屋で起きた。朝ご飯は、自分で持ってきたロールパンと、水筒のお茶。叔父さんの部屋の冷蔵庫に何かあるかも知れないけど、勝手に開けて、勝手に食べたら怒られる。叔父さんはまだ寝ていた。放っておくと、昼過ぎまで寝ている人だ。それまで、ボクは何もできない。勝手に帰ったら、それはそれで怒られる。お母さんは、日曜までここにいるように、と言った。叔父さんもそのつもりだ。大人二人に決められたら、ボクが何を言っても無駄だ。
 ボクは一人で留守番でも構わないのに。インスタントラーメンくらいなら自分で作れる。でも、お母さんに言わせると、インスタントラーメンくらいしか作れないからダメなんだそうだ。それなら、お金を置いておいてくれれば、コンビニかスーパーで弁当でも買ってくるのに、と思ったが、それもダメらしい。大人はいろいろ複雑だ。
 スマホを開いてみた。近頃、スマホよりジシューくんの方ばかり使っていた。ケンタのことがあったからだけど、そればかりじゃない。ジシューくんなら、ボット先生に相談できる。スマホで検索しても、あってるんだかあってないんだか分からないものばかりズラズラ出て来て、結局役に立たないことも多いけど、ボット先生はちがう。ボクの悩みや困りごとに、ピタッと答えてくれる。何より、どこにいてもボット先生に繋がっていられるから安心だ。
 おっと、お母さんからメールが来ていた。今日の昼までに帰るように、だって。
 なんだよ、予定変更かよ。
 ボクらの住む団地の入口に、大きな黒塗りの車が止まっていた。よく晴れた日だった。黒光りする車のボンネットに、庭の桜の木の葉が映っていた。ボクと叔父さんが、揃って両手をズボンのポケットに突っ込んで、ボクらの部屋へ行こうとすると、「テツヤ」と車の助手席から、お母さんが声を掛けてきた。
 部屋に帰って慌てて着替え。ボクだけじゃなく、叔父さんまで、襟のあるシャツと上着を着せられた。それから、車に乗ってみなとみらいへ。普段は外からしか見ることのないビルのレストランで、ランチビュッフェ。ボクはクリームソースのスパゲッティとBLTサンドを取った。叔父さんは、自分で麺を湯がいてラーメンを作っていた。お母さんもBLTサンドだ。それから、お母さんの連れてきた男の人。ちょっとフジモト君に近い雰囲気の、若くはないんだけど、笑顔が爽やかで、でも、その笑顔のせいで顔の皺が目立っているという、結局オジサンであることにちがいのないオジサンだ。
 本村さんだそうだ。
 叔父さんは、オジサンだけど、オジサンっぽくはない。お母さんより若いし、普段はTシャツにジーパン姿で、全然大人っぽくない。
 本村さんは、黒のスーツに白いワイシャツで、ネクタイはしていなかったけど、腕時計をしていた。銀色のアナログ時計だ。
「お前、中学受験する気はない?」
四人が席に揃って、挨拶が終わってから、お母さんは言った。
 ジョーダンじゃない。中学受験するくらいなら、家出するよ。
 ボクのクラスでも、中学受験をする子は多い。駅前の進学塾に通っている子はみんなそうだし、ボクと同じ塾に通っている子も、何人かはそうだ。ひょっとしたら、クラスの半分くらいはするかも知れない。
 でもボクは、したくない。中学なんて、受験しなくても行かれるところがあるじゃないか。というより、ボクは学校が嫌いだ。本当は、小学校だって行きたくないんだ。もちろん、中学校もだ。それなのに、わざわざ勉強して行かなければならない私立を受験するなんてありえねー。
「いやなら、YTSだよ」
は? 何だ、それ! ボクは思わずBLTのトマトをスパゲッティの皿に落とした。お母さんの口から、YTSが出て来るなんて。


ボット先生  【第28話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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