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ボット先生  【第23話/全35話】

 大音量の音楽。ゲーム機の鳴らすドカドカ音。同じセリフを繰り返す店内放送。大型スーパーのゲームコーナーで、波多野君はソフトクリームを奢ってくれた。学校帰りに、こんなところに寄り道していいの?
 いいわけはない。バレたら先生に怒られる。第一、スマホで位置情報を見られているので、後でお母さんに追及される。
 でも、波多野君はなれているから平気だ。ボクらはランドセルを児童公園の植え込みに隠して、手ぶらで表通りに出て、スーパーに駆け込んだ。お客のふりして入ってしまえば、誰も追い出そうとはしない。
 ボクらは、フードコートの席でソフトクリームを舐めた。
「オレも、YTSに誘われたことがあるんだ」
マジで! 波多野君は頷いた。
「どうやって逃げたの?」
「アイツらがウソつきだって、見抜いたんだよ。捕まりそうになったんだけど、一発腹に蹴りを入れて、怯んだ隙に逃げ出した」
へへえ! さすがランボー者だ。
 ソフトクリームの渦巻きを舐め終わった波多野君は、コーンをバリバリ齧った。するとコーンが縦に割れて、中のクリームがあふれ出し、波多野君の指を濡らした。波多野君は残りのコーンを口に押し込んで、無理やり飲み込んでから、舌を出して五本の指のクリームを舐めた。
 やっぱり、YTSは悪い奴らだ。
「ボット先生がいなくなったから、ボクら、全員奴らに捕まっちゃうのかな」
「ウン」波多野君は目を光らせた。それから、急に席を立って、「来いよ」と誘った。
 ゲームコーナーの隅にガチャコーナーがあった。ガチャがズラリと並んでいて、その先はトイレだ。トイレの出入り口からさらに奥に行ったところに、店の掃除係の人が使う倉庫があって、その扉の脇に三台のガチャが置いてあった。
「これだ」波多野君は、そのうちの一つを指差した。「お前、いくら持ってる?」
残念ながら、ボクはお金を持っていない。学校に財布は持ち込まない。ショーガネーナー、と言いながら波多野君は、ジーパンのポケットから二百円出した。
「これが取りたいんだよ」
中のカプセルを睨んだ。『三倍パンチ』だそうだ。
「これを着けるとさ、パンチの威力が三倍になるんだって」
波多野君はまた、ネコみたいに目を光らせた。
 小学生のボクらのパンチは弱い。せいぜい、大人の二分の一だ。三倍パンチは、子供用の手袋みたいなグッズだった。パンチ力が三倍になるなら、大人と戦っても負けない。
 波多野君がお金を入れ、ボクがガチャを回した。出た!
「ヨーシ! これで、バッチリだべ」
波多野君は早速両手に三倍パンチを着け、ボクサーみたいに拳を突き出してパンチ練習をした。
 もしまた、YTSに襲われても、これを使えば撃退できる。ボクは無理でも、波多野君ならできそうな気がした。
 おや? 
 トイレから、カスヤンが出てきた。ボクは「オー!」と思わず声を掛けた。でもカスヤンは、キョロキョロと不安げにボクと波多野君を見ると、黙ってゲームコーナーの方へ駆け出した。
「何だ? アイツ」ボクは言った。「アイツもサボったのかな」
本当ならカスヤンは、今頃児童クラブにいるはずだ。
「行こうぜ」
波多野君は、ズボンのポケットに両手を突っ込んで歩き出した。ボクも真似して歩いた。強くなりたい。大人にも負けないくらい、強力になりたい。そうなれば、YTSだって、自分の力で追い返せるんだ。ボクはまだ子どもだから、大人がやりたいように操ろうとする。でも、いつまでも子どもでいられるわけじゃないし、いつまでも大人の言いなりなんて気に入らない。ボクには、ボクの考えがあるんだ。
 フードコートに戻ると、前から、右から、左から、続々と大人が現れた。波多野君は、咄嗟にボクのズボンの後ろポケットに三倍パンチを突っ込んだ。
「お前、何やってんだよ!」
腕にも足にも、口の周りにも毛を生やしたゴリラみたいなオジサンが、波多野君を怒鳴りつけた。ジャージに短パン。或いはポロシャツ。大人はみんな、同じデザインの、動きやすい服装だ。彼らに付いて来ていた子どもが数人。カスヤンと、ホンマ君もいた。波多野君は両手を脇に下げ、俯いて下唇を噛んだ。
 児童クラブの先生たちが、行方不明の波多野君を探しに来たってわけだ。波多野君は怒られ、連れて行かれた。関係のないボクは、置いてきぼり。仕方ないから一人で帰った。途中、児童公園に戻って、二個のランドセルを拾って、波多野君のランドセルを児童クラブに届けた。誰もほめてはくれなかった。


ボット先生  【第24話/全35話】|nkd34 (note.com)

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門

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