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ボット先生  【第21話/全35話】

 お母さんは、電話をしながら帰ってきた。居間でアニメを見ていたボクの前を素通りし、自分の部屋に入ってそのまま電話を続けた。誰と話しているんだろう? 電話中のお母さんには、話し掛けちゃいけないルールだ。
 ボクが帰ったとき、家にはハンナしかいなかった。ハンナが怒り気味にえさを欲しがったのであげた。それからシャワーを浴びて、寝間着に着替えてテレビをつけた。
 ケンタとマミちゃんは置いてきた。
 ボット先生に言われるまま階段を下りて行くと、また扉が現れた。扉には把手がなく、縦横三マスずつに区切られた、小さな液晶画面がついていた。空中に、ボット先生の画面が現れた。
『この数字を入れるのでアリマス』
四つの数字が画面に浮かんだ。でも、マスが九つあるけども、どこがどれだか分からない。とりあえず、左上を一として、横に進むと考えて押してみた。
 パカッと開いた。簡単ジャン。中に入ると、海だ。たぶん、船の底だろう。水が引き込んであって、サラダボールみたいな、白くて円いボートが一艘、プカプカ浮いていた。
『乗るのでアリマス』
ボクは、先生に言われるまま乗り込んだ。上に透明な蓋がバサリと被さった。
 およよ? なんだこれ?
 頭の上の蓋に、ザブザブ水がかかった。ボートじゃない? 円い乗り物は、外側の船体を回転させ、水に潜っていた。潜水艦だ!
 ふわあ。水の中にスッポリ沈んだ。あいにく暗くて外の様子が見えなかったけど、透明なサラダボールが水を掻き分けて進んでいる様子は分かった。潜水艦はぐるぐる回転して進んだ。ボクのいる場所は筒みたいな形になっていて、外側が回転しても、常に平らになるようになっていた。
『ムラタ君。忘れ物はないでアリマスか?』
ボット先生が、小さな画面になって現れた。それにしても、この空中画面は、どういう仕組みになっているんだろう?
「あ、スマホを取られたまんまだ」
『そうかい。取り返して来るでアリマス』
ボット先生は消えた。
 三〇分もしないうちに、ボクはみなとみらいの、日本丸の近くに上陸した。サラダボールの潜水艦は、ボクを下ろすとまた沈んだ。観覧車の時計を見ると、一八時を少し過ぎた頃だった。
「ムラタ君」
広い道路の方で、手を振っている人があった。副校長のフジモト君だ。ボクはフジモト君の赤い車で家に帰った。
 いろんなことがあったけど、案外時間が経ってなかった。後ろの座席に座ったボクは、車の中で、ケンタとマミちゃんを置いてきたことを言った。
「それは、分かってる」フジモト君は、ボクの方へ顔を向けて言った。「二人もどうにか連れ戻したかったんだけど、うまく行かなかったんだよ。今、どうすればいいか、相談しているところなんだ」
へへえ。先生たちは、ボクらがいなくなったことを、知っていたのか。
 っていうか、何してんだよ、この人。前を見て運転しなきゃ。ボクはそう思ったけど、フジモト君は、さらに身を乗り出してきた。
「心配なのは分かるけど、とりあえず、今はどうすることもできないんだ。何か分かったら、キミにも知らせるよ」
「あの、危ないんだけど」
ボクはひやひやしながら言った。赤信号だ。先生はハッと後ろを振り返り、またボクの方を見て、「ああ、大丈夫だよ」と笑った。
 大丈夫とか言って、赤信号に向かって、突っ込んでるジャン!
 車は止まった。フジモト君はボクの方を向いたままだ。
「この車はね、ウチの会社が開発した自動運転車でね。AIを搭載していて、勝手に運転してくれるんだ」
へへえ。
 さっきの潜水艦も、フジモト君の会社で作ったそうだ。ボット先生は、ボクのジシューくんを通じてあの船に乗り込んだけども、船の中に通信妨害があって、うまく登場できなかった。そこで、潜水艦を投入して、Wi-Fiの中継点にして、通信環境を整えたんだそうだ。
「また、こんなことがあるかも知れない。ジシューくんは必ず持ち歩くようにね」
とフジモト君は念を押した。
 お母さんの電話が終わった。テレビを消して、自分の部屋で寝ようとすると、「ご飯は?」と聞かれた。
「食べた」「ああ、そう」
お母さんはお風呂に入った。
 食べたよ。カレーライスを。
 寝ようったって、寝られない。ボクは、ケンタを置いてきてしまった。
 ああ、どうしよう? どうして、あんなことしたんだろう? 
 無理やりでも起こして、一緒に来させればよかった。ケンタも、マミちゃんも、眠たそうだったから、自分一人で逃げてきた。それって、裏切り? 自分だけ助かりたくて、二人を置き去りにしたってこと? ああ、どうしよう。
 フジモト君は、どうにかするって言っていた。なんだか頼りない副校長だけど、一応、大人が事情を分かってくれているのはよかった。ボクだけじゃ、どうしようもないことだから。でも、あの時、やっぱりケンタを起こすべきだったんじゃないだろうか。そう思うと、やけに布団が重くなった。
 ボクは布団を跳ね上げて起きた。ハンナが、何すんだよ、と言いたげな目で睨んだ。布団を避けたら、ベッドからずり落ちたんだ。人の寝床で寝ているお前が悪いんだよ。それどころじゃない。ボクはジシューくんを立ち上げた。ボット先生に尋ねた。
「ケンタとマミちゃんは、どうなるんでしょうか?」
ボット先生は、すぐに返事をくれた。
『今、二人のご両親に確認中でアリマス。心配はいらないヨ。ケンタ君にも、マミちゃんにも、一番いいことはどんなことか、みんなで考えているところなのでアリマス』
ははん? ボット先生も、フジモト君と似たようなことを言っている。


ボット先生  【第22話/全35話】|nkd34 (note.com)

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