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エッセイが書けない時には

あるテーマに沿ったnoteを書き続けているときや、日常でも仕事や他のことに注意が向いているとエッセイの題材が掴み取れない&思い浮かばなくなることがある。

余裕や習慣が大きいのかなー?思考もある一定方向に傾いたり、寄り集まっちゃうとね・・・


外部に求めるより、自分の内部と「対話」することでエッセイは生まれるのかな?それも反射的なものだとTwitterレベルの短文が産み出されるから、それなりの時間をとる必要がある。

心の動きを追いかけて、流れをキャッチしてその軌跡を書き留めてみる。思考をきちっと追えれば書けるかな?

考えること。思考が濁流のように溢れていてもダメな気がする。清流の、流れが速くない、澄んだ小川に生息する生物のように。

そういったところに潜んでいる気がする。

そっと石をめくって見てみる。隠れられそうな箇所や水草の裏側を調べてみるように。見つかりそうなところを丹念に探ってみる。

手ごたえがないことも多い。むしろ、ない方が多い。

だけどセオリー通り、たまには意外な場所にも。色んなところにチャンスはあると思う。そして幾ら探しても居ない場合はそこには生息していないということだから。

居そうな場所を求めるのも大事な極意ですよね。

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