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詩/エッセイ/徒然 note

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徒然に、思い浮かんだことを書き留めています。twitterとは違う感覚で。
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#スポーツ

成長を目的に起用することがあるが、一方で直近の課題にそれで乗り切れるかはわからない。 一方で、いつまでも目の前の課題に立ち向かうためにベテランを起用し続けても後継者問題になりかねない。 非常に難しい問題ではある。起用問題だけでなく、それを支える体制、システムの問題もある。

2023年度ありがとうございました!

2024年が始まり、早3ヶ月が過ぎ、とうとう2023年度も終わりを迎えました。年始にも書きましたが、神屋の活動は多様なコミュニティや事業になるので、年度変わりがすなわち大きな変化、節目であるわけではありませんが、逆にいろんな活動、参画をしている分、その組織やコミュニティ、活動に応じて変化が年中、起きる可能性があったりします。 パラレルキャリアという働き方は自由度が高いようで、そういったそれぞれに対応する部分で変化を受動することもあるので注意が必要です。あくまで自分が主導権を

疲れ切るまでやることが本当に美徳なのか

徹底的に物事を突き詰め、取り組むことは確かに凄いし、話題にも美談にもなるのはよく分かるのですが、一方でそのストイックさが本当に効率の良さに繋がるか、ベストな方法かはよく考える必要があります。 トップアスリートやクリエイターの練習量、アウトプットが多すぎて「量が全てではない」という発言が出てきた場合と、その領域に全く達していない状態での、ちょっと言い訳めいた「量が全てではない」では同じ言葉でも全く意味も中身も違うので、そこはもっとストイックに取り組んだほうが良いのでは?という

馴れるためにも「1万の法則」を意識しておく。ぜんぜん簡単ではないけど、そこまでいけば自信も自負も持てるとは思いますよね。 毎日、取り組み続け3年間で達しようと思えば1日10という数字、ペースが浮かぶ。目標や計画を立てる際にベースに置いてみるのも面白いと思います。

今日の集中力は良かった。そんな日、そんな時はありますよね。 偶然ではなく必然の要因がわかれば、いつでも再現できて良いのですが。 そうそう要因が分からないことも多いのが人間の不思議。 だからこそ、創作でも仕事でも、勉強やスポーツも面白い部分かもしれませんね。

何度でも書いて発奮するのでも良い。誰かのnoteを読む、チャレンジしている姿を追うだけでも刺激になる。 とにかく大いに学び、大いにレベルアップを目指したい。貪欲さを持って良い。何歳になってもチャレンジする人が居るし。 若い頃からずっと挑めればそれが1番だけど、いつでもできる!

今の時代、特にクリエイティブなことにおいて、それが「遊び」に類いするようなものでも、試していくことで仕事にも活動にもスキル形成にも大いに役立つことが多く、一概に線引きをすることが難しくなっていますよね。 実りに変える意識と工夫が大切ですね。

良くなっている実感はある

何事もそうですが、仕事でも生活でも勉強でも何かしら、良くなっている実感がないとしんどいですよね。 明確な成果が出ていれば、より良いですし、ふわっとしたものでも少なくとも自分は成長している感触がつかめていれば前向きにやっていけると思います。一番しんどいのは、結果だけでなく、何の手応えもなかったり、感触もつかめなかったりする時です。 音声入力もそうですが、時折、きちんと話したことが反映されていないことがあります。せっかく話したのに、何も残っていない。それは結構しんどいですよね

最近は「ランニングの人」のイメージは薄れつつある

noteにおいてはなおさら「ランニングの人」とは認識されにくいでしょうし、上げているレポートの内容から見ても「ランニング」は伺えても、陸上競技、元アスリートや「指導者」として認識されることはあまりないように思います。 同じように、リアルでも神屋を現役時代から知っている方に時折はお会いしますが、そうでなければ普段からはほとんど陸上競技の人とは認識されることはないと思います。 ここnoteの場では「noteの人」であり、加古川ではスポーツの人か、まつかぜの人、少しずつ加古川優

ほんのちょっとから変えていく

ほんのちょっと、たった1歩でも良いから進めてみる。前進する。もちろん、多くを進めていければ良いし、たくさん積み上げていきたいけれど。 なかなか思うように行かないときは。進めたいけれど、それだけのエネルギーやリソースが確保できなさそうならば。 チャレンジそのものを止めてしまうのではなく、細々とでもやれるなら、目標達成を諦めないなら続けていくことが大切になりますよね。 noteを毎日、書き続けていくことは簡単なようでそうでない時もあります。 中途半端になるくらいなら止める

多分、思い通りに、楽に結果が出せるということはないと思うんですよね

魔法のように、簡単に結果が出せたり、夢や目標が叶ったりすれば良いですが、おそらくまずそんなことは起きないわけで。強運の持ち主も居るとは思いますが、やはりすべからくその運を活かす行動を取っていると思うんですよね。 そうでないと、その強運もチャンスを掴みきれないし、モノにはできない、活かせないと思います。強運で手にしたチャンスなどによってかえって身を滅ぼすことも歴史上では幾らでも繰り返されていますもんね。 最近は厚底シューズの恩恵と言われるように非常にランニングの記録がインフ

久し振りの囲碁

走遊Labはランニングスクールやイベント、加古川まつかぜシリーズなどがメインの活動となっていますが、様々なスポーツ、ボードゲームにあたる囲碁などや、eスポーツも積極的に活動したいと常々、思っています。 特に囲碁や将棋、オセロなどはオンラインでも気軽に出来ますし、その中でも囲碁はそれなりのアマ上級者でも対応できるレベルを神屋は有しています。 リアルであれば、株式会社NOVA DEPORTAREとのコラボで、加古川優考塾の空き時間を活用し、対局やパーソナルコーチのようなアドバ

選んだことを後悔しない

日々、何かを選びながら進んでいくものだと思います。そんな中でよく後悔する状態になると大変ですし、「快」には遠い状態になると考えられます。 そりゃ、後悔したくはないですが、そうはいっても多くの後悔はあると思います。その後悔という言葉を反省や課題という言葉に置き換えたりしながら、前向きに処することもあるのではないでしょうか? 他にも「経験」や「学び」とも置き換えたりしますよね? そうやって上手く心のバランスを取ったり、エネルギーに変えていけるなら良いし、選択していくことのハ

既にゴールは見えている

人生の行き道は、目標や夢を求める中で歩まれるものだと思います。どんな道も、それぞれに夢や目標があり、その中で「既にゴールは見えている」と考えて歩むことは深い意味が込められていると考えられます。 目標に向かって進む中で、成功の兆しや達成感が既に感じられている状態は肯定感にも繋がり、大きな意味や価値、モチベーションになると考えます。 既にゴールは見えていると感じる瞬間は、目標に向けて着実に進んでいる時ですよね。順調であれば、そこにゴールがあることを疑うことはないでしょうし、こ