閃き💡劇場23

私の名前は藤谷笑子。
若い頃から様々な医療現場で介護の仕事をしてきた。
50代も半ば。年々体もキツくなってくる。それでもやりがいをもって頑張ってきた。
だが、今の介護施設で仕事をするようになってから、長年そこで仕事をしてきたお局様に目をつけられ苛められた。
それでも今まで頑張ってきたプライドで耐え抜き、お局様が退職に追い込まれた。
その頃私は主任さんからも信頼され、色々な仕事を任されるようになった。ただ、介護の仕事は生半可な気持ちでは勤まらない、だらけた若い子を見るとついうるさく言ってしまう。いつしか私はお局様と呼ばれるようになってしまった。
そんななか、同居している義母が認知症になり、どんどん進行してしまっていた。このままではいつ夜に徘徊しだすかわからない。日中は息子の嫁に様子を見てもらい、夜は夫と交代で母を見守る日々。
睡眠時間も削られ、職場での激務もあり、私はすっかり疲れ果ててしまった。
そんな時、彼女が現れた。崎谷翔子。20代後半の元気な女性。その笑顔は本当に晴れやかで見ている人が元気になる笑顔の持ち主だった。
まるで昔の自分を見ているようだった。
(良い子が入ってきたな～)
私は直感でそう思った。自分は看護助手だが、ここでの仕事をきちんと教えれば伸びる子だと感じ、密かに彼女の動きを観察したり、一緒に行動して教えようと思った。
しかし、崎谷さんが入ったとは言えここではまだ新人、そして１人入ったところで人手不足は解消されない。１人急に休まれると休みなのに呼び出される。そして夜は義母の介護、毎晩寝ずに義母を見守る。
そんな日々を続けているうちに私は心身のバランスを崩しそうになっていた。そしてそんな自分を必死に奮い立たせた。
(私までいなくなったら皆が困る、せめて崎谷さんが一人立ちするまでは頑張ろう)そう決意していた。

しかし、崎谷さんは仕事はできるのだが、優しすぎるところがある。例えばこの前利用者さんからクッキーを食べたいとせびられていた。その方は糖尿病が持病なので、毎朝看護師による血糖測定が行われている。その値によっては間食できない決まりがある。
それに、実は崎谷さんに声をかける前に私にせびりに来ていたのだ。私は看護師に相談し、問題がないことを確認し、クッキーを一枚食べてもらったのだ。何も知らない崎谷さんは
「あら、お腹空いたんですか？？」と問いかける
「そうなんだよ、いいだろ？」
「じゃあ看護師さんに聞いてみましょう」
「もう俺確認したから」
「え？そうなんですか？」
と崎谷さんはきょとんとしている。
「食べて大丈夫だって言われた。だから大丈夫。」
「うーん、それなら一枚だけですよ」と崎谷さんは言ってしまったのを見て私は慌てて止めに入った
「山本さん！何やってるの！さっき食べたでしょ！いい加減にしてください！」
「あ、バレた」
「え？」崎谷さんはさらに混乱しているので全部説明した。
「そうだったんですね、ダメですよ、山本さん！私も悪いけど、誰かを騙してまでやることじゃないですよね？」
「うー、翔子ちゃん怒らないでよ」
崎谷さんの言葉に山本さんは焦っていた。
「もう二度としないでくださいね」と崎谷さんは笑顔で言った
「わかった、ごめんな」
そういうと山本さんは立ち去っていった。一連のやり取りを見て私はなんだかもやもやしたのだが、それを無視して、崎谷さんにも厳重注意した。
「今みたいなこともあるから、決まりは必ず守ってください。利用者さんにとって厳しいこともあるかもしれないけど、どんな人でも皆の命を守るために必要なことなんですからね、本当に気をつけて！」
「申し訳ありません。気を付けます」崎谷さんは素直に謝ってくれたのでそこでやりとりは終わった。
しかし、一ヶ月前、私の心が折れてしまう出来事が起きてしまう。
お昼休憩を終え利用者さんが集うサロンへ向かうとやけに楽しそうな声が聞こえる。
何人かの利用者さん達に囲まれた崎谷さんがいた。
(何をやってるのかしら？)
と様子を見ていると
「いやー、やっぱり翔子ちゃんが来てからここの雰囲気も変わったよね、人手不足かなんか知らないけど、翔子ちゃんが来る前はもっとピリピリしていてね、話しかけにくかったんだよ」
「うるさい人もいるからね」
「そうそう」
「でも翔子ちゃんはうるさく言わないし、いつも明るいからね」
と利用者さんたちは崎谷さんを誉めちぎっていた。
私はそれを見て複雑な気分になった。(私は皆の為を思ってやっているのに、皆が嫌いだからじゃなく、皆を命を守るために厳しいことも言ってきたのに、私がしている事って何？確かに崎谷さんは素直で優しいし、笑顔も可愛いけど、私だって今まで笑顔で頑張ってきたつもり。それなのにどうして私をうるさいと言うのだろう皆私より崎谷さんや他の人のがいいんだ)と自分が悪いと言われてるような気がしたそして私のなかで何か太い糸が切れた瞬間だった。
(もういい、余計な仕事は皆他の人にやらせよう、私よりも崎谷さんや他の人にやってもらった方が良いみたいだし、様子見て辞めてやろう)
そう私は思った。
そして私は仕事をしなくなり今日を迎える。
やはり朝から忙しい早番は私と崎谷さん。家のこともあるし、さっさと帰りたい。
そうしたら思わず悪態をついてしまった、しかも崎谷さんに見られてしまった。
まるで全てを見透かしたような目。
私は腹が立ち仕事を全部崎谷さんにやらせようと思った。
そしてあの事件がおこる。
(どうして皆崎谷さんの味方をするの？まだまだ未熟なとこもあるのにどうして私ばかり責められるの？)
感情のたががはずれた私は大泣きした。
私の後を追いかけてきた主任さんは私を見てびっくりし、ひとまず個室へと連れていかれた。
私はそこで、家の介護の現状、スタッフと利用者さんへの思いなど全てをぶちまけるように話した。よく考えると人にこの事を相談してなかったことに気づく。

「そんな状況なぜ早く話してくれなかったんですか、シフト調整したのに。」と主任さんは愕然とした様子で言った
「夜勤をやらないのにわがまま言えないと思って」と言うと
「わがままじゃないですよ！そのままの状態で仕事をされる方が迷惑です！施設長には私から話すので今日から１ヶ月休んでください。その間体を休めて、できればお義母様が入れる施設を探す事をしてください。皆さんが倒れてしまう。うちもまだ空きあるから最悪頼ってくれても良いから」
「主任さん…」
なんでもっと早く話さなかったのだろう私は後悔した。そして崎谷さんや他のスタッフに対する行動も酷いことをしたとようやく客観的に自分を見られるようになった。
「スタッフのことは、藤谷さんが悪いけど、休みの間頭冷やして、皆にちゃんと藤谷さんの思い伝えるから。ゆっくり休んで反省してください。崎谷さんは私がきちんと指導しますから」
と笑顔で主任さんは言った。
「…ありがとうございます」私は泣きながら言った。肩の荷が降りた気がした。

それからこの１ヶ月。家族でじっくり相談し、義母を施設へ入れる事を決め、施設を探したり慌ただしかったが、近所にある施設に空きがあり、トントン拍子で入所が決まり、義母が施設へ入るとようやく体が休む時間が取れた。
そして今までの事を振り返り、私はある決意をした。

そして１ヶ月後私は職場復帰した。

続く