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【やが君二次創作】七海澪・お姉ちゃん奮闘記 0.0 "where the sun rises"

体育館を後にするその女生徒の姿に、すれ違った者は振り返らずにはいられなかった。七海澪。高校1年生。もともと同級生の間で容姿端麗と評判であった彼女が今、背筋を伸ばした隙のない姿勢で、その瞳をひときわ輝かせながら渡り廊下を歩いている。その光はまさにこの学び舎を隅々まで照らし、誰もが希望を感じずにはいられぬほどの眩しさと温かさを湛えていた。
遠見東高校文化祭。この日こそ、当時の教師・生徒の記憶にいまだ残り続ける第四十代生徒会長の歩みの始まりであった。


高校1年、11月6日

「ぐえー、疲れたあー。」

正午過ぎ。天気は快晴。喫茶店の内装になった隣のクラスの教室内。活気にあふれる光景の中で、あたしはだらーっと机に突っ伏していた。まだ昼なのに何を疲れているんだ、って思われそうなもんだけど、あたしは自分のクラスの出し物のシフトが終わったばっかりで、それが思ってたよりタフだったってわけだ。

「澪、お疲れさま。」

机を挟んで向かいに座るクラスメイトの由里華が労ってくれた。あたしは突っ伏した姿勢のまま、顔だけ由里華のほうに向けて返事をする。

「ありがと、由里華。シフトが1時間って長すぎたかな?30分を2回にした方がよかったかも。」
「交代するのにも手間がかかるから、良し悪しでしょ。私は1時間でよかったと思うけど。」

答える由里華はわりと平然として見える。由里華は由里華であたしのひとつ前にシフトがあったはずなのに。いや、あたしがはっちゃけすぎただけか。

「澪がかんばりすぎたんじゃない?幽霊役、ばっちり決まってたじゃん。楽しくなっちゃったんでしょ。」
「あー、たしかに楽しくなっちゃったねえ。ま、あたしも実行委員だから、そりゃがんばるけども。」

あたしが実行委員になったのは他にやりたそうな人がいなかったから。委員決めで時間取られるのも、ねえ。うちのクラスは全体としてそこまでやる気がある感じじゃなかった。案をてきとうに2~3個出してもらって、その中に「おばけ屋敷」があった。食べ物を扱わない分悩みが少ないし、室内を暗くするから高校文化祭レベルのなんていうかこう……低予算な内装・小道具でも演出次第でなかなかのもんになる。みたいな話をみんなにしたら、けっこう乗り気になってくれて、トントンと準備が進んでいった。あたしは髪が長いからって理由で女の幽霊の役をやってみたら、「気合い入りすぎ」ってみんなから大笑いされた。そこは怖がれよお。

「そういえば、澪の家族が来てたんでしょ?そっちはそっちで疲れる部分もあるんじゃない?」
「んーん?そっちは全然疲れないよ?」

あたしは思ってる通りのことを返したけど、由里華は少し意外そうだった。価値観の相違ってやつかなあ。

「へえ。仲いいんだね。そういうの、いいよね。」

由里華がゆっくりコーヒーを飲む間、あたしはとっくに空にしてしまったアイスティーの氷を見ながら、家族とのひとときを思い出していた。まずは1週間前の我が家。


「文化祭?いきたい!」

声の主は7つ下の妹、燈子。ソファに座るあたしのふとももを枕に寝そべって、目をキラキラさせている。かわいい。

「いいよ、とーこ。じゃあ当日は私が案内してあげる。」
「やった。」

そのあとお父さん、お母さんと話したら昼から用事があるとかで、文化祭には午前中だけ来ることになった。とーこは半日しかいられないことに少し不満げだったけど、まあちょうどいい長さだと思う。1日中歩き回ったら、わりと体力のあるとーこでも疲れちゃうかもしれない。あたしもそりゃできるなら1日中とーこといっしょにいたいけど。

しかし困ったことに、その時点で当日のシフトを決めちゃってたんだよね。あたしは11時から12時。おばけ屋敷の演出に凝る分それぞれの担当がハッキリ分かれてて、シフトの融通はあんまり利かない。そこは反省だったなあ。午後組の同じ持ち場の人に代われないか訊いてみたけど全滅だった。そういうわけで、あたしがとーこといられたのは11時前までだった。由里華が口許にカップを運ぶのを突っ伏した姿勢のままぼんやりと見ながら、今度はつい2時間ほど前のことを思い返す。


「お姉ちゃん!きたよ!」

とーこが駆け寄ってきて、あたしの制服の袖をつかんだ。かわいい。こんなにかわいいと、あれだ。世のかわいいものに目がない女子高生たち(あたしもかわいい妹については人のこと言えんけど)が放っておくわけもなく、とーこが知らない高校生に囲まれて怖がらないか心配……だったんだけど、今回は大丈夫だった。後ろにお父さんとお母さんがいたからね。両親が揃うことで、家族水入らず感みたいなのがけっこうアップする。見知った面々もあたしたちに話しかけはしないけど、すれ違いざまに目を合わせて軽く手を振ってくれた。あたしも小さく手を振り返す。

「お姉ちゃんのクラス、なにやってるの?」
「私のクラスはね、おばけ屋敷だよ。」
「いってみたい!」

とーこが目をキラキラさせる。おばけ屋敷は我ながらなかなかの仕上がりで、あたしも今すぐクラスの努力の結晶を自慢したくなったけど、ふと我に返った。あれは今時の高校生を震え上がらせるためにみんなで知恵を出し合った力作。遊園地なら年齢制限が付くくらいの出来かもしれない。ふつうに楽しんでくれる可能性ももちろんあるけど、もし狙い通り本気で怖がらせてしまったら。夜眠れなくなって目の下にうっすらクマをつくるとーこ……見てられない。やめとこう。あたしは少し怯えた表情を作った。

「とーこ、あれはね、ちょっと怖くしすぎちゃったから、私も行くの怖いんだよね。」
「そんなに……?」

とーこが戸惑う。まだ半分興味がありそうだったけど、揺らいだところに畳みかける。

「だから、うーん……隣のクラスが喫茶店やってるから、まずはそこで作戦会議でもしようか。」
「うん。」

そうやって喫茶店に転がり込んだわけだけど、ここが案外居心地がいいのもあって、パンフレットを見たりあれやこれや話したりしているうちに、リミットの11時前になってしまって、あたしは自分のクラスに戻った。とーこがこれからお昼までに回るところは見繕えたから役目は果たせたと思うけど、ちょっともったいなかったな。

そんなわけで、由里華が言ったみたいに家族と回って疲れたっていうのは全然ない。疲れたのはそのあとのシフト。あたしはとーこにおばけ屋敷を回避させて正解だったと納得したかった。そのためにありったけの恐怖をこの地上に齎す必要があった。だからあたしは女の幽霊役として、首・腰・手足を限界まで捩じってこの世ならざるポーズを取ってみたり、ブリッジ姿勢で走ってみたり、あらゆる手を尽くすことになった。シフトが終わってここ10分くらいだらーっとしているけど、首と背中と二の腕の変な強張りが取れる気配はない。本日2度目のこの喫茶店は居心地がいいけど、ずっとたむろするわけにもいかない。由里華がさっきからわざとゆっくりコーヒーを飲んでくれているけど、それももうそろそろ終わり。

「澪、見た感じだいぶキてるよね。もう10分くらいその死体役、続ける?」
「んー……大丈夫。あと5分で生き返る。」
「りょうかい。……どこ行こっか、この後。」
「んー……」

由里華が机に置いたパンフレットに目を落とす。あたしも姿勢はそのままで視線を動かす。とーこが来年も来てくれるとして、どうやって楽しんでもらうのがいいだろう。今日いろいろ見ておけばいい作戦が浮かぶかもしれない。パンフレットを斜め読みするうちに、ステージの予定にひとつ気になるものを見つけた。

「生徒会劇?なんだろ、これ。由里華知ってる?」
「あー、うちの高校の伝統だって誰か言ってたかも。」
「へえ。ちょっと行ってみない?」
「いいね。」


行き先を決めて息を吹き返したあたしは、由里華といっしょに体育館を目指した。まあまあ時間があったから道中いろいろ寄り道していったんだけど、

「あ、澪だ!幽霊の役めっちゃおもしろかったよ!」
「なんで!?怖がれよお!」

……………………

「澪、『幽霊のひと人間辞めてて感動した』って話題になってたよ?」
「なんで怖がってくれないの……」
「え、ウソ!幽霊のひとですか!?やった、サインください!!」
「怖がってくれないとサインしません!」
「練習の時点で結構アレだったけど……澪、何やらかしたの?」
「由里華ぁ……がんばったんだよ?あたし。」

……………………

「由里華由里華由里華!なんか、評判が、思ってたのと違う!」
「思ってたのって?」
「あたしは、この地上を恐怖で覆い尽くそうと……」
「私は今日の分を見てないからわからないけど、やりすぎて浮いちゃったんじゃない?夜の山奥で同じことやったら怖がってもらえたかもよ?」
「それはほら、シャレになんないから。」
「じゃあ今日は『シャレで済んで良かったな、生ける者よ』ってことで。」
「ま、よかろう。その辺で譲歩してあげようか。」

雑に締めたところで、体育館に辿り着いた。けっこう席が埋まっている。ふたり並んで席について、しばらくすると開演のアナウンスが流れて、幕が開いた。


ステージのど真ん中、主人公らしき男子生徒にスポットライトが当たる。見たことある顔。あの人は生徒会長だ。服装は制服みたいだけど、見慣れないデザイン。衣装もこのために作ったのかも。主人公の独白が始まる。それから、主人公の友達らしき人たちが出てきて声をかける。あらすじとしては「悲しいことが起こって俯きがちになっていた主人公が仲間に支えられ、目標を見つけ、前を向いて歩き出す」ってところか。脚本も、照明も、衣装も小道具も、かなり気合が入っている。これなら、とーこも……?

今日1日あたしはずっと考えていた。どうやったらとーこに文化祭を楽しんでもらえる?

とーこはいつもあたしのやることに興味を持ってくれる。あたしのがんばりを、目をキラキラさせて見てくれる。あたしはあのステージに立ってスポットライトに照らされる自分を想像してみた。あたしが出るなら、あの子はぜったい観にきてくれる。ステージから観客席を見ると、あの子がいる。あの子はどんな顔をしている?暗くてよく見えない。見たい。いちばんキラキラした目であたしを見ていてほしい。「お姉ちゃんかっこいい」って言ってほしい。

あたしは急に視界が開けたような感覚をおぼえた。来年の文化祭、あのステージに立ちたい。ステージのど真ん中に立つためには……

((( お姉ちゃん生徒会長!?すごい!! )))

……すごい。すごい!すごい!!あたしの目標が今決まった。全身に気力がみなぎってきて、首と背中と二の腕の疲れを忘れさせた。


劇が終わって、あたしは由里華と体育館の出口へ向かう。

「結構凝っててすごかったね、劇。……澪?」

体育館を出てすぐのところで由里華が声を掛けた。あたしは由里華をまっすぐ見つめた。目標に向けて、あたしが最初にすべきことは、もちろん。

「由里華。あたし、生徒会長になりたい。由里華に手伝ってもらえたら心強いんだけど、どうかな?」

由里華が少し目を見開いた。

「つまり、応援責任者ってことだよね。このタイミングって……もしかして、劇やりたくなった?」
「うん。」

まっすぐ由里華を見たまま返す。由里華も正面から視線を受け止める。

「ひとつ教えて。澪が劇やりたいのって、何か特別な……具体的な理由があるの?」

そんなの、あたしの中では決まりきっているわけなんだけど、そういえば学校の誰かにとーこの話をしたことあったっけ?ま、隠すことでもないわけだし。由里華が知りたいって言うなら、ありのまま伝えなきゃね。

「あたし、7つ下の妹がいてね。『とーこ』っていうんだけど。7つも違うとけんかもしないし、ただただひたすらかわいいんだよ。あの子はあの子であたしが大人びて見えるみたいでさ。いっつもあたしのことキラキラした目で『すごい』って言ってくれるんだよね。」

こんな話をしたらもう、とーこの顔が頭に浮かんでくるのをとめられない。あたしの顔がにやにや、ふにゃふにゃしていく。こんなになっちゃうなら、他でとーこの話をするのは我慢したほうがいいかも。

「だから劇をあの子に観てほしい。すごい、かっこいい、って言ってほしい。……笑っちゃうでしょ。」

由里華は少し驚いたような顔をしていた。それから少し考えるしぐさをして、最後にくすりと笑った。

「ふふ。いいと思う。聞けてよかった。……いいよ、澪。全力でサポートする。」

即答。願ってもない返事だった。ほんとうなら実際の仕事内容をちゃんと調べて、1週間くらいしつこく説得しなきゃなんないくらい大変な仕事のような気がするんだけど。今年の文化祭も由里華は特に協力してくれた。あたしがとーこの前で立派なお姉ちゃんでいられるのは、助けてくれる仲間がいるから。あたしはうれしさに顔がほころぶのを抑えきれない。

「ありがとね、由里華。頼りにしてる。」
「……うん。楽しくなりそう。」


さて、片付けまでが文化祭ですよ。というわけで教室の内装をクラス総出でひっぺがしていく。あたしたちの最高傑作をただの教室に戻し終えたときには寂しさもあったけど、あたしは来年の文化祭への期待に胸を膨らませていた。しかし。

「ななみっちの幽霊見たかったなー。ウチの部活でめっちゃウケてたよ?」
「俺も見たかったー。めっちゃおもしろかったらしいじゃん!」
「だーかーらー、みんな怖がれっつーの!なんでだよもう!!」

おぼえてろよ……絶対生徒会長になって、あたしのおそろしさを知らしめてやるんだからなっ!!!


(where the sun rises おわり)


【生徒会長選】0. For whom the flower blooms?

【エピソード一覧とか】

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