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地球人、白ごはん好き? DAY1 AM

【書き出し】

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「これは29日に野辺山電波天文台で受信した、1420MHz帯、0.3秒周期のビット列を16進表記したものです。そして……」

米川は努めて冷静に発声しようと試みた。事前に共有されているとは言え、次のスライドのことを考えると胃が痛む。

地球人、白ごはん好き?

「……これがShift-JIS……昔の日本語文字コードで解釈した文字列になります。意味としては、地球人は混ぜ物や調味のない米は好きかどうか、という疑問文です」

各国の代表達は真面目を通り越して鬼気迫る表情であったが、それは『冗談だと言ってくれ』という切実な感情ではないかと米川は思った。

「これだけのビット列が偶然生成されたものである可能性は限りなくゼロに等しいものです。となると、次に疑われるのは何者かの故意による地球由来の信号、ということですが……同様の信号は中国の500m電波望遠鏡、チリのアルマ電波望遠鏡でも観測されています。」

稲垣局長が後を引き継ぐ。

「科学的な検証は既に尽くされたものと思います。史上初の地球外生命体からの交信に返答すべきかどうか、ここからは安全保障上の問題です。それが本協議の開催理由です。」

「日本語を用いている時点で、我々の存在には最初から気づいているでしょう。返信しないと却って怪しまれるかもしれない」

「それはその通りです。しかし例えば、『はい、好きです』と返信したとしましょう。向こう側がその……『シロゴハン』を資源として捉えていて、地球にそれが豊富にあると判断した場合、どうなりますか?」

「逆に『いえ、好きではありません』と返信して、向こう側が狂信的な『シロゴハン』教信者であった場合は?」

たちまち討議は白熱し、米川はこめかみを抑えた。ただ『炊き込みごはんもいいよね』と返信する自由すら無いのか、地球人には。

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「議題を分割しましょう」

ひとしきりの混乱の後、アメリカ航空宇宙局からの代表、ライス大佐はそう提案した。最初から「どう返答すべきか」を討議し始めたのでは話がとてもまとまらないだろう。そんな雰囲気になるのを待っていたかのようだった。

「まず、相手の背景が不明です。彼らが敵対的なのか友好的なのか、それによって言葉の意味も変わってくるでしょう。これを大きく分けて、敵対的、中立的、友好的の三つの場合があるとします」

「我々の返信がどう取られるかがこの三種の背景によって変わってくるでしょう。我々の返信は、そもそも応答しない無応答、否定的応答、中立的応答、肯定的応答、四つの場合が考えられます」

ライス大佐はその場で簡単な表を作り上げた。

        敵対的  中立的  友好的
無応答

否定的応答
中立的応答
肯定的応答

「大雑把に分類すればこのような12のケースが考えうるでしょう。そしてつぎに、我々の返信に対する相手側の反応の強度です。仮に四段階のレベルに分けてみましょうか」

レベル        敵対的 中立的 友好的
0:無反応       0   0    0
1:通信、対話     H1    N1   F1
2:物理的干渉     H2  N2   F2
3:人類への影響    H3  N3   F3

「レベル1以上の反応強度にもそれぞれ敵対的、中立的、友好的があり得ます。F1、友好的なレベル1であれば、『シロゴハン』の魅力について話が盛り上がるくらいで済むでしょう。H3、敵対的なレベル3であれば、『シロゴハン』を奉じる人類の滅亡を目的として侵略してくる危険性を考えなければなりません」

「中立的や友好的なレベル3は考える必要があるのですか?」

「確率的には低いでしょうが、敵対的でなくても人類に影響が出ることは考えられます。地球人に『シロゴハン』をプレゼントしようと決めた異星人が、直径数百kmの『シロゴハン』の塊を投げつけてくるなどです」

惑星レベルの大きなお世話というわけか。米川は吹き出しかけたが、確かに予断は排すべきだと思い直した。

「さて、どのような応答を返すかは私たちが決めることができます。そこで、推定しなければならないのは次のような点です……1.相手側は敵対的、中立的、友好的のいずれなのか。2.相手の技術水準からして反応強度はどの程度になるか、です。正確な推定ができないのは百も承知ですが、例えば我々一人一人が点数を割り振って集計するなどの手段を取れば、敵対的X%、中立的Y%……それに対して否定的応答を返した場合、H3がA%、H2がB%……というような数字が出せるわけです」

なるほど合理的なやり方だ。このやり方ならば、全体像を見てとりながら、曖昧な問題にも一応の結論を出すことができるだろう。元より情報量が少なすぎるのだから、最適な答えは目的ではない。

「特に異存なければ……午前の討議はここまでとして午後からは1のブレインストーミングとしましょうか。ところで米川さん?」

「はい?」

「今日のランチですが……その『シロゴハン』の用意はありますか?理解を深めるのに役立つかと思いますので……」

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「お口に合いませんでしたか」

数種の漬物と交互に白米を口に運んでいたライス大佐が難しい顔をし始め、米川は慌ててて声をかけた。

「いえ……ただ……これは難しい問題だと思い直したのです。」

「難しい?先ほどの論点整理は見事でした。今後の議論も円滑に進むような気がしていましたが……」

「いえ……問題はこの『シロゴハン』です。美味しいのですが……これ単体では味はとてもプレーンなのですね。ところがメインディッシュやピクルスと合わせて食べると異なる美味しさがある。シロゴハン星人がこのような存在、つまりそれ自体では無色だが良いキャンバスになるというような意味で『シロゴハン』という言葉を使ったのだとすると……」

急に早口になりだしたライス大佐に米川は適当に相槌を打つことしかできなかった。まあ普通に美味いよな。コシヒカリ。

【続く】

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