世渡り

世渡り 柱の章

 〈ポータル〉を通って最初に見えたのは、眩い光の柱だった。

「またハズレか」

 自然と声が出てしまう。録音はされているが、構うものか。ポータルの向こうは9割が宇宙空間。〈服〉の内蔵コンピュータは全方位のイメージセンサを駆使して、既知宇宙の星図と照合を行っているだろうが、これまでに一致した例はない。それでも自動露出補正が作動し、眩しさがゆっくりと抑えられていく間、俺は周りを見渡して星を探した。違和感はここからだった。

「星がない……」

 光の柱はてっきり横から見た銀河面か、惑星の輪だと思っていたが、見渡す限り星は一つも見当たらない。漆黒の宇宙と光の柱だけだ。

「すると……アタリか……?」

 と言っても、生きているだけで結構なアタリと言えるだろう。手持ち資金の尽きそうだった俺が選んだのはハイリスク・ハイリターンの〈世渡り〉、つまり〈共通12項〉の変更だった。以前別の項を変更した際の結果は調査員の帰還後死亡。死因は全身の放射化。共通12項とは、〈ポータル〉の行先住所のうち……物理法則を指定しているものと考えられている。

 つまり今回変更した項は無害だったわけだ。それでいて世界の様相はそれなりに異なる。この観測データを持ち帰ることができれば、結構なボーナスとなるだろう。俺は運動法則を検証するべく、一連のスラスター噴射プログラムを開始した。データは後で物理学者が検証するだろうが、体に感じる慣性は元の世界と区別がつかない。プログレスバーを眺めながら俺が考えていたのは結局最初の疑問だ。

 あの光の柱は何だ?どうして星がないのだ?

 俺が〈服〉の中で腕組みをしている間掃天観測を続けていたコンピュータは、10分ほど経ったところで軽い音を発し、視界のある領域を囲んだ。

〈オブジェクトの出現〉

 閉じそうになっていた目を見開き、光学ズームを命じる。微かな光の点だが……確かに10分ほど前には無かった位置だ。

「マズいか……!」

 総毛立つ。夜空を眺めてもし動かない光の点が現れたら、それは静止流星、つまりこちらにまっすぐ向かっている物体だ。夜空ならば大気があるからいいが、宇宙空間であれば遮るものはない。光度変化を食い入るように見つめる。もし接近中であれば急速な光度の増大が見られるはず……

 10秒ほど待ったがそれは無かった。大きく息を吐いたところで、俺は先ほどの通知が2件であったことに気がついた。あわててリアクションホイールを動かし180度回転、第2の物体もチェックするが、こちらも光度変化は無い。

 いや、おかしい。ほぼ同時に2つの物体が出現している上に、ちょうど180度反対の位置。光度も同じで、近づきも遠ざかりもしない。これはまさか……知的生命体がどこかに潜んでいて、観測艇を配置してきたのか……?星が見えないのはその生命体が構築した、巨大な構造物の中だからなのでは……?例えばここは巨大な円柱の中で、真ん中の軸の照明があの光の柱だとか……

 そこまで考えたところで嫌なことに気づく。出てきたポータルから、いつの間にか10mほど遠ざかっている。スラスターはそのような距離を移動する吹かし方をしていないはずだ。自動位置保持をセット、ポータルから離れないようにする。

〈光度変化〉

 今度は何だ!?先程の物体をもう一度ズームする。僅かだが光度の変化が見られる。あれは……少し回転したり前後に移動しているような……見覚えのある動きだ。俺がさっきやっていた、運動法則計測用のスラスター噴射プログラムだ。

 つまりアレは、180度反対にある2つの物体だと思っていたものは、どちらも10分前の俺の像だ。俺はほとんど恐慌に駆られながら、中央の光の柱に向き直った。

 そう、中央だ。光の柱が中央。これを垂直軸だとして、そこから90度右に目を向けると第1の像。逆に90度左が第2の像。どちらも10分前の俺。

 この世界は円筒状に空間が歪んでいる。この世界で円筒の中心に向かって直進すれば、中心に到達するだろう。だが、90度違う方向、円周方向に直進すると、それは円周運動になり元の位置に戻ってくる。それがあの像、俺の〈服〉の反射光に起こったことだ。光の速さが元の世界と同じなのであれば……中心までの距離は恐ろしいほど小さい(宇宙的スケールで言えば)。

 もはや待つつもりは無かった。俺は光の柱を正面に見たまま、〈服〉にポータル再突入を命じる。スラスターが作動し、〈服〉は後退する。

 このような世界でも重力はあるのだろう。円筒形に歪んだ空間で、〈中心軸〉に少しでも物質があればどうなるか。この世界で等速直線運動とはつまり、円周上をグルグル回ることだから……一旦〈中心軸〉に僅かな重力で引かれれば逃げる術はない。この狭い世界にはそれでも、希薄な物質しか誕生しなかったのだろう。全宇宙の物質があの〈中心軸〉に集まり、重力が熱となり輝いている。もし十分な量の物質があれば、俺は今頃焼き尽くされていただろう。

 光の柱はポータルの向こうに消えていく。ボーナスは貰えるだろうか?足元にタラップの感触があり、俺は重力に感謝した。それと、このありふれた物理法則にも。

 

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