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君に映るポートレート

どうも、お久しぶりです。
noteを更新するのはだいぶ久しぶりになってしまいましたが、皆さん2024年をいかがお過ごしですか。
現在は冬のオフシーズンで日本に帰国しており、春からのシーズンに向けてしっかりと練習を続ける日々を過ごしています。
だったんですが、このクソ大事な期間に体調を崩しており、クリスマスから1月10日辺りまでほぼ寝込んでました。笑

そんな話はさておき、先日昨年の9月と11月に受けた左膝半月板損傷と両足股関節唇損傷の手術からポーランドに戻るまでに密着した動画を前編と後編に分けてYouTube上にアップしましたが、ご覧いただけましたでしょうか。
さすがプロのカメラマン、自分には勿体ないほどクオリティが高い動画になっており、我ながら完成品を見てビックリしています。笑

だけどまず大前提として、自分はSNSでこのように不特定多数に向けて何かを発信する事があまり好きではない、ということを言わせてください。
曲がりなりにも自分は(一応)サッカー選手で、選手である以上サッカー以外で積極的に目立とうするのは筋違いであり、SNSでバズりたいとか、知らない人たちからチヤホヤされたいとか、そんな承認欲求がはっきり言って微塵もないからです。
いくらSNS上で意識の高い言葉をつらつらと書き殴っても、大量のハッシュタグを付けて1人でも多くの人の目を惹こうとしても、当然サッカーは上手くならないのだから、むしろSNSばかり頑張る暇あるなら少しでもトレーニングをしろと思ってしまう側の人間です。

では、何故そんな自分がこのような動画を作ったのか。
今回はその理由や動画を制作・公開するにあたっての目的を伝えたいと思います。
極力短くまとめるつもりなので(毎回長くて読むのダルいとよく言われる)、こちらも是非一読していただければ幸いです。

理由①選手としての知名度がなさすぎた

選手として何者にもなれなかった

まず最初に、自分は選手としては底辺中の底辺である。
ネットで名前検索しても出てくるのは個人のSNSだけで、輝かしい経歴や実績、詳しく書かれたWikipediaが出てくるわけでもない。下手なんだから当たり前の話である。
そんな自分だが、比較的早い段階から引退後は現役時代の経験を活かしてエージェント業をしたいと考えていた。
だが既に日本で同様のたエージェント業を生業としてる元選手は多く、その多くが海外である程度実績や経歴を持つ実力者たち。
そういったライバルと比較した時、どうしても自分のキャリアは弱すぎた。

同じ金額と同じサポート内容で選手として全く無名の自称サッカー選手とネットで検索すればバンバン実績が出てくるヨーロッパ1部での経歴をもつ人間とでは、選手本人や親はどちらの方に安心感や期待感を抱くか。結果は考える間もなく、後者である。
実績や経歴がなく情報が少ない人間だからこそ、エージェントとしてやっていくために何かしらの方法で自分がどのような人間なのかを発信する必要があったのだ。

実は2015年頃から2022年にかけてその時々に自分が感じたことや学んだこと、マインドなどを好き放題綴ったブログをやっていたが(例のるろうに〇〇)、時代の流れもあってブログ文化そのものが廃れてしまった。
InstagramやYouTubeなどの映像媒体がSNSの主流となった今の時代、長々と書き綴ったブログなんてもはや誰も読みやしない。
年々アクセス数が減っていくとブログに対するモチベーションもなくなっていき(もともと大したことは書いてなかった)、自然と更新は途絶えてしまった。
そんな近年のSNSの流行も踏まえて、そのブログの代替案として動画をアップしようと考えた。
動画もブログ同様に一度投稿すれば消さない限りネット上に残り続けるある種の資産であって、いつか自分のことを検索する若い選手やその両親たちに自分がどのような人間なのか、どのようにサッカーに向き合ってきたのかを伝えることができればと思ったのだ。

だが冒頭で触れたように自分はあまり不特定多数に発信することが好きではない。
これまでもSNSはどちらかと言えばお世話になった方や応援してくださっている方への近況報告の場として更新することが殆どであり、試合や練習の動画も自分よりも何倍も上手い知り合いたちが観てアドバイスをくれるからであって、自分を不特定多数に向けて発信したいとは微塵も考えていなかった。
だけど、そんな風に動画を作るか否かで悩んでいた自分の背中を力強く押してくれたのは、怪我をして手術を受けると決めた際に大勢の人から言われた言葉だった。


理由②誰かの力になれるかもしれない

何かを伝えることはできたのだろうか

自分はメンタルが弱い。
サッカー中でもミスが続くと、途端に消極的なプレーにばかり走る傾向があり、幼少期から再三指摘されてきた課題だった。
どの国のどのクラブに所属しても、決まって監督やコーチからは
「もっと勇敢なプレーをしろ。後ろ向きな選択をするな」
と、こっぴどく怒られ続けてきたほどだ。

弱い人間だからこそ、「プロフェッショナル仕事の流儀」に登場する有名人たちに憧れ、勇気をもらってきた。
特に逆境や困難な状況から這い上がるエピソードが大好きで、岡崎慎司氏や本田圭佑氏など回は、病んでる時に何度も何度も繰り返し視聴したほどである。
絶望からのドラマチックな復活劇は、弱気な自分を少しばかり前向きにさせてくれる。
成功者に自分をトレースすることで、

「自分もやれる」
「まだ頑張れる」

そう思い込み、情緒が非常に不安定になる海外生活で、度となく途切れそうになりかけた情熱の糸を辛うじて繋ぎ止めてくれていたのだ。
言わば、精神安定剤のような役割を担っていたのだろう。

そんな弱っちい自分が大怪我から復帰を目指して手術を受けると決めた時、多くの知人からこんなことを言われた。

「復帰までの過程を絶対発信した方がいいよ。多くの人を勇気付けられると思うから」と。

自分がスロバキアで受傷した半月板損傷だけでもだいぶ厄介な怪我ではあるが、同時に判明した股関節唇損傷も復帰までに半年〜10ヶ月ほどの月日を要する重傷であり、それこそ選手生命を断つには十分すぎるほどの大怪我である。
特に自分の場合は左股関節の軟骨が半分ほど断裂、加えて長年我慢していた股関節の一部が疲労骨折していたなど、控えめに言ってサッカー復帰どころか今後まともに歩けるかどうかをまず心配しなければならないほどの惨状だった。

それだけの大怪我からのカムバックはドラマになるのではないか。
きっと自分に助言した知人たちはそう考えたのだと思う。
その目論見はあながち外れていなかった。
リハビリ期間中、友人から全く知らない人まで、色んな人からこのような連絡が届いたのだ。

「前十字靭帯を断裂してオペを受けたんですけど、元のように生活できるか不安なんです」
「自分も股関節唇損傷と診断されたんですけど、オペ後はどんな感じですか?また歩けるようになりますか?」
「自分も半月板損傷で手術しました。だけど再発が怖くて全然受傷前のパフォーマンスが戻らないんです」

色んな人から相談を受けていく中で、初めて気が付いた。
怪我の種類、競技の違いはあれど、皆自分と同じような不安を抱えているのだと。
でもよくよく考えれば当たり前の話である。
手術を要する怪我は大半が重症で、いくら腕の良い医者がメスを入れても必ず治る保証はないのだから。
完治するかどうか、完治した後も再発しないかどうかの不安がもたらす精神的不安はとんでもないほど大きいものだ。
これは経験者じゃなければ分からないと思うが、多分大きな怪我をした後にこの恐怖心に襲われない人は居ないのではないかと思う。
自分も術後暫くは再発が怖くて、普通に歩くことも、階段を登ることも怖くて出来ない時期があった。
些細な違和感、軽度の筋肉痛にすら怯え、夜に何度も目を覚ますほどの不安に駆られ、長い期間目に見えない恐怖に苦しめられた。
情けない話だが、こんなに術後の恐怖心が大きすぎるとは思わず、これならもう一度サッカーやるなんて言わなきゃ良かったと心底思ったほどだ。笑

だけど、そんな不安で仕方がなかった時期を乗り越えて、今は受傷前のように何事もなくサッカーをやれている。
怖くて仕方がなかったターンも、左足軸のドリブルも、今は恐怖心を抱くことなくやれるようになった。
「再発が怖くて仕方がない、正直昔みたいにプレーできる自分が全然イメージできない」
リハビリ期間中、久しぶりに会った女友達にそんな弱音を吐いた時、その女友達がこう言った。

「絶対いつか元通りになるから、焦らないで一つ一つ出来ることを増やしていけばいいよ。そしてそれだけの経験をしたんだから、きっと同じ境遇の人の気持ちも理解できるようになるよ」

結果的に、その女友達の言う通りになった。
そしてプレーだけでなく、同じように大きな怪我をした人の気持ちも、不安で仕方がない恐怖心も、今なら痛いほどに理解できる。
だから、そんな人たちにこの動画を観て欲しいと思う。
こんな大怪我を負って、何をするのも怖くなるほどの絶望の最中にいても、諦めなければ人は復活できるのだと。
それこそ、これまでに弱気になった自分を奮い立たせてくれた「プロフェッショナル仕事の流儀」の登場人物たちのように、自分のこの経験が誰かの勇気になれればと思ったのだ。

そういう狙いがあったから、なるべく動画に映る自分は第三者から見た等身大の自分にしたくて、あえて知り合いや友人ではなく全く自分のことを知らないカメラマンに依頼をさせてもらった。
台本も脚本も、カメラマンの自分に対する先入観もないからこそ、本当の意味で素の自分が映っている動画なのではないかと思う。

自分に興味を持ってくれた人や大怪我の不安に押しつぶされそうな人などに、何かを伝えることができる動画になってくれればいい。
ぶっちゃけ再生数が全然伸びなくても構わないから、1人でも多くの人に何かを与えることができる動画になってくれればと願うばかりだ。

少し長くなってしまったが、この2つの理由が今回の動画を公開した目的である。

君に映るポートレート

当時の夢の殆どは叶わなかった

私事ではあるが、先日30回目の誕生日を迎えた。
サッカー選手として確実に終わりが近付いてきている今、幼少期のあの日の自分が思い描いていた未来の自分はどんな姿だったのだろうかと思い出してみる。
きっと足が速くとフィジカルも強くて、ドリブルやテクニックもずば抜けるほど上手くて、点もズバズバ決めるような、今の自分とは比べ物にならないほどスーパーな選手だったはずだ。
10年前にプロを目指してドイツに渡航して早10年、当時目標に掲げていたチャンピオンズリーグ出場も、Jリーグ逆輸入もロシアW杯出場も、欧州1部リーグでのプレーは残念ながら叶わなかった。
だけどドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、ポーランド、ハンガリーにスロバキアと世界中を回ったこの旅の途中で、何度も何度も描き直しては探し続けてきた「なりたい自分」には、間違いなく近付けているのではないかと思う。
ドイツにいた頃、自分は下手なくせにプライドだけ異様に高く、結果にばかり捉われて夢を叶えられなかった人生は負け組だと本気で考えていた。
そんな10年前の自分からは我ながらビックリするくらい、考え方が変わったのではないだろうか。
もちろん、夢を叶えられなかったことを正当化するようなカッコ悪いことはしない。自分の実力不足が招いた結果が、今の現実だということもしっかり受け入れているつもりだ。
でも夢破れた今でもこうして大手術をしてまでサッカーを続けているのは、10年間の旅で出逢った沢山の人たちのお陰なのだとも思っている。
沢山の出会いと経験が自分を変えてくれたのなら、今度は自分が誰かを変えれるように。
そんな大人になることを目標に、残されたサッカー人生を自分なりに試行錯誤しながら全うしたい。


最後になりますが、こんな自分には勿体無いほどの動画を作ってくださったカメラマンの方、そして制作に協力してくださった皆様にこの場を借りて再度お礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
本当に気さくで素敵な方で、撮影だけじゃなくて色んなことを学び、考えさせてくれる方でした。
これもまた一つ、自分を変える良い出会いだったと思っています。
一つだけ誤算だったのは、カメラマンの撮影と編集の腕が凄すぎて想像以上に自分がカッコよく写りすぎている点です。笑
動画ないの自分と現実の自分のギャップは、今後しっかり埋めていけるよう頑張っていくつもりです。笑

まだ動画を観てないという方は、是非YouTube上で「プロフェッショナル 蹴球の流儀」と検索してチェックしてみてください。
1人の大人としてもサッカー選手としても未熟者ですが、動画を通じて何かを伝えることができれば幸いです。

長くなりましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました!
男は30から、まだまだサッカー頑張ります⚽️


















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