少年 〜父の記憶〜

少年は貧しい家に生まれた
4人兄弟の長男で戦後の食糧難に
納豆一つを争って食べたとか黒いお米を食べたとか自慢げに話していた
少年の家はトタンで出来ていて夜眠る時
天井を見上げると星が見えたという

少年は勉強が出来なかった。パイロットになるのが夢だったが、その夢は勉強が出来ないという現実にうちのめされた
運動は出来たというが大した成績を残すことはなかった
ジャズがしたいと大学に入ったが少年の大学はジャズはやっていなく結局自動車部に入り酒をたらふく飲んだという

勉強も運動も特に優れてはいなかったが
少年は天性の愛する才能と人生を楽しんで生きる才能があった

それはあまりにも自然で天性のものとしか思えなかった

少年は父親と同じ消防官になった
仕事は楽しくて仕方なかったという
だが、少年が仕事に行くのが嫌になった時が一度だけあったという

少年が恋をして結婚をして子どもが生まれた時
子どもとずっと一緒に居たくて仕事に行くのが辛かったという

少年はいつも笑っていた。瞳を輝かせて。愛を与えることを生き甲斐に妻を子どもを愛した
少年はプライベートパイロットになるとおもちゃのような飛行機に乗って空を飛んでいた

少年はよく言った
特攻隊で飛んでいった若者にこの自由な空を飛ばせてあげたいと

少年が余命を告げられた時
輝いていた瞳が翳った
不安そうに瞳はどこを見るわけでもなく
孤独の中にいるかのようにひとり暗がりの中にいた

少年も病には勝てず日に日に輝く瞳は力を失い
笑顔が少しずつ消えていった

そうして少年は家族の誰にも別れを告げず
ひとりで逝った

その眠る顔は穏やかで人生を謳歌し尽くしたように満足気な顔だった

ジャズの音楽に乗せて手拍子で送られて
少年は空へ昇っていった

その少年こそ私の父である
私の中ではどうしても父を少年としか思えないのだ
輝く瞳、無邪気な笑顔

もしかしたら、それは愛する才能のあまりに
私たちに見せ続けた父の信念なのかもしれない

少年は大好きな空を自由に好きなだけ飛んでいるのだろう

空を見つめる度に父を感じる

少年のように人生を楽しんで駆け抜けていった
その姿を感じるような気がする

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?