新宿MAYHEM メン子の面倒の後始末 その3
メン子の家に行こうと思った。西武新宿線の駅から10分ほど歩けばメン子のアパートに着く。
『あたしが死んだら片づけに来てね』
メン子が生前よく送ってきたメッセージだ。私の仕事は《事後屋》だ。タダ働きはしないよ、と思いつつ、結局片づけに来てしまった。
メン子の葬式がどうなったのかは知らない、行けなかったことが後ろめたかったのだ。
ちっぽけなアパートの二階。鍵はかかっているが開けるのは造作ない。死んだ人間の家に勝手に入るのはまずいかと思うが、私も所詮裏の人間だ。
昼だというのに暗い。そして臭い。ゴミが大量に残っているのだろう。私はゴム手袋をはめ、ブーツを脱ぐのが嫌だったのでゴムカバーを被せて室内に上がった。
玄関の右はユニットバス、目の前はキッチン、左手がロフト有りのワンルーム。
どれも例外なく汚い。ワンルームから行こう。バックパックからまずゴミ袋を取り出し、床に落ちている食べ物のパッケージなどの明らかなゴミ袋を詰めていく。服は後回しだ。汁が残ったままのカップ麵容器やペットボトルはキッチンのシンクに放り込む。既にここもゴミ溜めみたいなものだが。バイトの求人雑誌やファッション誌は玄関の隅に重ねる。重ねられるスペースが残っているのが奇跡だった。パチスロの雑誌が落ちている。メン子の部屋にそぐわないと思ったがこれも玄関隅行きだ。床が見えてくる。
血痕があった。
あー、と思う。キッチンを見に行く。あるはずの包丁はなくなっていた。バスルームにはカッターナイフがあった。考えるに、メン子は出血するようなことがあり、包丁は警察が持って行ったのだろう。
厭だ。
さて気を取り直しててきぱきと片づけていく。私の片付けの才能に驚嘆していると、ロフトにも血痕があった。床よりも目立つ。ロフトには柵があり、なんとなく弱っているようにも見えた。二か所の血痕。
何があったんだろうか。
その時、玄関のドアが開く音がした。私は身構える。
現れたのは、スーツを着た男だった。あっさりした顔で、短い頭髪をワックスでしっかりと立たせていた。
「え?」
男は私を見て驚いた。私は冷静だ。
「あなた誰?」
こういう時は主導権を握るに限る。
「コルオダといいます」
すぐに漢字変換できなかった。男は名刺を出してきた。
『新宿警察署』とあった。凝侭田鍛という名前だった。
「あなたは?」
「私はメン子の友人」
凝侭田は何か考えていたが、ああ被害者のご友人と言った。
「そのご友人が何故ここに?」
「メン子が死んだから部屋を片付けに来ました」
「困りますね」
あまり困ってなさそうに凝侭田は言った。
「メン子は自殺したと聞きました」
「……自殺でも警察は調べることはあるんですよ。ここの大家に頼まれて片付けているんですか?」
「そういう感じです」
もちろんそんなことはない。ただ後になって大家から料金を取れるなと思った。
「困りますね」やっぱりあまり困ってなさそうに凝侭田は言った。「あなたの名前は?」
私は名乗る代わりに名刺を渡した。そこには私の名前、阿戸野茉莉と『事後屋』という職業名、仕事用のスマホの番号が書いてある。
いつだって、あとのまつり、と口に出して名乗るのが嫌なのだ。
「『事後屋』さん……」
「特殊清掃や、事件が終わった後に依頼される探偵みたいな仕事をしています」
探偵か、と凝侭田は言った。今度は困ってそうだった。
「とにかく勝手なことはやめて欲しい」
「そう言われても」私はゴミの山を目で示した。「もう始めちゃったし、早く終わらせたいんです」
凝侭田は何か考えているようだった。そして諦めたように息を吐く。
「わかりました。今日は俺は出直します」
私は凝侭田を玄関まで見送った。革靴を慣れた手つきで玄関でトントンと叩きながら履き、凝侭田は私に一礼した。ご丁寧に手袋をはめた手でドアノブを握り、そのまま出て行った。
怒られなくて済んだ。面倒ごとにならなくてよかった。
「さてと」
私は再びゴミの山に向かう。ゴミを見て、そう言えばと何か違和感がわいたが、ひとまず目の前の作業に集中することにした。
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