20240127 人々に 希望をもたらす ペポピペパ
いよいよ寒くなり、朝からやる気はかぎりなくゼロになって行った。
しかしどうしても昼飯を食べるために外に出なければならず、牛丼屋で牛丼を食った帰り道。
あたりで工事もしていないのに、警備員(で、名称はたぶん正しくないだろう。ヘルメットをかぶって、交通整理をしたりする人)が、立っていた。
もちろんただ突っ立っていたわけではない。何らかの理由があってのことだ。
「あー、警備員的な人がいるなー」と思った数秒後、若いママ的な女性と、その人の子供らしいやっと2歳になったくらいの男の子が歩いてきた。
男の子はニットの帽子をかぶっていた。子供が帽子をかぶっているとそれだけでかわいい。
こんなクソ寒いのにその子は元気いっぱいで、道をあっちをフラフラ、こっちをよちよちと歩いている。その子のおっかさんは大変である。「まっすぐ歩きなさい!」とか言っていた。
そんな自由気ままな男の子は、警備員的な人と距離が50センチ以内になった瞬間、そのおじさんに向かって突然、手を振って挨拶した。警備員のおじさんは笑っていた。
私も遠くから観ていて、あまりにかわいいので声を出して笑ってしまった。
子供も、大人を外見や様子で見ない不思議な期間がある。
私は太っていてド汚い格好をしているのだが、家のすぐ近所に幼稚園か小一くらいの女の子が住んでいて、その子とその母親がどこかに出かけに行く途中、路上で私と鉢合わせになった。
当然、母親は私に挨拶をしてくるが、娘の方には無視されても仕方ないなと思っていたら、
「こんにちはーっ!!」
とめちゃくちゃはっきり挨拶されてしまった。それはちょっと驚きだった。
どんな子でもそうなのか、いや違うだろう。人見知りの子もたぶんいるだろうと思うが、その子が私に挨拶をする義理などこれっぽっちもないので、ちょっと感動的なものがあった。
よその子の、親でも先生でもない大人に対する距離感の取り方には不思議なものがあるが、児童心理学を研究している大学教授などは、とっくの昔にそんなことは知っていて、新鮮に驚いている私をあきれた目で見つめ、
「日本の児童心理学というのはこのレベルだって痛感しますよ」
と、研究仲間のいけすかない細身メガネ・一流大卒とうなずきあったりしているに違いない。
こんなやつは、酔ったふりをして浣腸でもしてやれば、さぞかし胸がすく思いがすると思うが、できない自分に涙が出て来る。
思い出も時と共に消える。雨の中の涙のように。
ブレード・ランナーの筋は忘れた。またブレランマニアに嘲笑される。
おしみゃい
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