見出し画像

そこはかとなく恐怖な自転車屋2024

自転車(ママチャリ)の後輪がパンクしたので、自転車屋に行った。
初めて入る店だった。
なじみの自転車屋は、ここ10年くらいであらかた店じまいしていたのだ。

そこの店主は店先にカウンターみたいなものをつくって、店内に入るとすぐに客と出くわすようになっていた。
「いらっしゃい」
店主はスキンヘッドで小太り、メガネ。年齢は三十代前半くらいだろうか。
おそらく自転車屋でいちばん多い仕事は「パンク直し」なので、もう何千回も口にしているように流暢に、というか、流暢すぎる口調で彼は言った。
「パンクはタイヤを修理するだけなら1000円ですが、タイヤが破損していて全取り換えとなると5000円になります」

もちろんタイヤ全取り換えは想定内のことだったので、「わかった。もしも全取り換えならそうして」と言ったら、そのすぐあとに彼が私の自転車を観て、
「だいぶ自転車全体が破損してるので、新しく買った方がいいですねこれは。あちこち壊れてますし」と、いかにも「これは絶対に新しく買った方がいい」というニュアンスで言う。
そして、
「空気が抜けたままでだいぶ走ってますね。これ、たぶん確実にタイヤを全取り換えしないといけないと思うんですけど、それでいいですね?」
と念を押してきた。
「全取り換えでいいよ。そんなに壊れてるのか。新しい自転車を買った方がいい?」
と聞くと、
「この自転車のメンテナンスの費用を考えたら新しく買った方がずっと安いです」と言う。
この間、ずっとロボットみたいな口調でペラペラと、セリフを読み上げるように話す店主。こちらと会話をしているという感じがない。だれに対しても同じことを言っているのだろう。
しかし、視線も合わない。どこか遠くを見てしゃべっているようだった。

宇宙人と、自転車のパンクについて交信しているのだろうか。

「この店に、今買える自転車はあるの?」と聞くと、
「今、ウチにあるのが1万8000円、この自転車と同じメーカーのものだったら4万8000円になります」
と店主は言う。実に流暢に。
しかし高い。しかも、こっちは「同じメーカーの自転車が欲しい」とはひと言も言ってない。

そりゃ自転車屋にすれば、高い自転車を買ってほしいだろうが、私が自転車マニアでも何でもないのは持ってきたママチャリでわかるだろう。
メーカーにこだわるわけねぇだろ。
ちょっとイラッとしたし、この場でそんなに高い自転車を勧められるとは想定していなかったので、
「今、持ち合わせがないから買うのは後にするよ」
と言うと、店主は納得したのかしていないのかよくわからないロボットみたいな感じで「それでは10分でできるので、ここでお待ちになるか、10分後にまた店に来ていただくか」と言うので、
「じゃあ10分後にまた来る」
と言って店を出た。

店を出た理由は、この店主と一緒に10分もいたくなかったからだ。
実に不安感をあおる男だった。
人間の皮をかぶった爬虫類かと思った。
(まさか、あそこが壊れてたから直しておいた、ここが壊れていたからここも直した、とか言って、大枚ふっかけて来ないだろうな)
という強い不安感が私を支配した。
まだ春先なのに汗ばむ陽気だった。何か気分が悪くなってきた。

暑い中、そこら辺をウロウロして10分して戻ると店主が、
「パンク、直しました。1000円です」
と言う。
「なんて?」
と聞き返すと、
「1000円です」
と言う。
じゃあ、ただのパンクじゃねぇか。
タイヤの全取り換えをあそこまで強調したのは何だったんだ?
しかもよく考えたら、10分でタイヤを全取り換えできるわけがない。
最初から、ただのパンクだったのだ。

まあ、好意的に考えれば、そこの「念押し」を客にきちんとしておかなかったから、タイヤを取り替えて5000円要求したら客に「そんなつもりじゃなかった」みたいに相当ゴネられた経験があるのかもしれないが、私の感覚からすれば、
「1000円なら最初から1000円って言えよ」
という感想しかない。

正直、めちゃくちゃ不安感を感じる店主だった。

もう二度と行かない。

おしまい




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?