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小説 だいたいいつもこんな気分

大切にしていたおもちゃが壊れてしまった。
小学生の頃に親戚のおじさんからお土産でもらったもので、たわいない人形だ。
アニメのキャラクターとかではない、オリジナルのおもちゃだった。
海外のものだったが、現在でも存在するメーカーの商品である。ただし、古いものなのでそのメーカーには現物も部品も残っていない。
レアものではあるかもしれないが、中古価格はたいしたことがない。
つまり「お宝」扱いされないなんてことのないおもちゃだということだ。
ただ、自分には思い入れがある。

破損したおもちゃの修復の方法をネットで軽く検索してみる。ネットにはほとんどあらゆることの対処法が書かれているが、それを自分が実行できるかとなるとまた別の話。
おもちゃを修復する動画のいくつかを見ると、ハンダごてを使ったり、観たこともないルーペを通してピンセットでねじ(ねじじゃないな、極小のピン)を通したり、とても自分にはできそうにない作業ばかりだった。

すると「どんなおもちゃも修理します!」というサイトを見つけた。ちなみに全国にある「おもちゃの病院」とは無関係である。
大手海外玩具メーカーの日本支社がやっている施設で、もちろんそこのメーカー品でなくても直してくれるらしい。修理費はそれなりにかかるが、ウェイブサイトの印象から来る圧倒的メジャー性、ぬいぐるみから知育玩具、超合金まで扱っているという網羅性、何よりウチの近くにあるらしいということで、ここに依頼することにした。

メールで事前予約し、歩いて10分ほどの場所に地図を頼りに向かうと、予想に反してとんでもなく古い二階建ての建物だった。
昭和ライダーで、ショッカーの秘密基地に見立てられていたような建物である。
とても海外玩具メーカーがやっているとは思えなかった。

古いタイプの呼び鈴を押すと、ドアの前で二分くらい待たされた。
やっと出てきたのは、おそらく六十代くらいだが若作りして四十代くらいに見せようとしている日本人女性で、白衣を着ていた。
「お待たせしました!」
彼女はぎこちない愛想笑いを浮かべていた。
何か、「ひさしぶりに客が来た!」という反応だった。
あまり手なれた印象はない。
「どうぞ、中へお入りください」
その女性にいざなわれると、建物の中は薄暗く、「閉店してしまった町のおもちゃ屋さん」の中という感じで、まったく観たことも聞いたこともないパーティーゲームが山積みになっている。
それも今流行りのカードゲーム、ボードゲームのたぐいではない。
昭和の時代に流行った、立体的なギミックを使った、なおかつ一回遊んだらすぐ飽きてしまうような古いタイプのパーティーゲームがほとんど。
しかも、観たところお宝的な要素があるわけでもなかった。
要するに、ただの売れ残り商品である。

ロボットや人形などのおもちゃは、ほとんど見当たらなかった。

何となく不安にかられていると、私の感情に気づいたのか、女性は、
「おもちゃの管理をするために、わざと照明を薄暗くしているんですよ」
と言い訳めいたことを言った。

流行おくれのパーティーゲームの山を通り抜けると正面にドアがあり、ドアを開けて通されたところに茶髪で度付きサングラスをしたあやしげな中年男と、いかにもそいつの子分といった感じの出っ歯の小男が、バラしたおもちゃの乗った大きなテーブルの前に座り、タバコをふかしていた。
二人とも白衣を着ていた。

私が客だとわかると、二人は悪びれたふうもなくゆっくりとタバコの火を灰皿で消し、それまで椅子に浅めに座っていたのだが、深く腰掛け直した。
「所長、お客さんです」
中年女性が私を紹介する。
「所長」と言われたのが、茶髪に度つきサングラスの男だった。
「どうも、所長です」
男は軽く頭を下げた。心底「人生がつまらない」という表情をしていた。
流ちょうな日本語だったし、ズレたファッションセンスからしても、そのズレ方は「ダサい日本人」といったところだろう。
「こちらが助手の、ピョンさんです」
女性が「ピョンさん」と紹介した出っ歯の小男は、私が来たことに迷惑そうな表情をしたが、それを表に出さないよう努力もしているようだった。その努力は認めてやってもいいが、こちらも会釈程度で、態度がよろしくない。
東洋人なのは明らかだが、ひと言もしゃべらないので日本人かどうかはわからない。

「おもちゃの修理をしてほしいんですよね?」
中年女性が当たり前のことを言うので私は「そうだ」とうなずき、持参したおもちゃを「所長」と「ピョンさん」に見せた。

所長とピョンさんは、おもちゃのことなら何でも知っているのかと思ったら、二人は私に「これはどういうおもちゃか」、「いつ買ったのか」、「どこを動かせば別の部分がどう動くか」などを、非常にくわしく聞いてきた。
簡単に言えば、そのおもちゃについて、二人とも初見だったということだ。

そして、さんざん質問した後、子分のピョンさんが、
「ああ~これはちょっとウチでは無理ですね。無理だなぁ、これは。メーカーも違うし。申し訳ない。はい」
と早口で言った。いかにも私に早く帰ってほしそうだった。
北関東のなまりがあった。口調からして、元ヤンか、ヤバい仕事をしていたのかもしれないと思わせた。
所長の方も、いかにも心のこもっていない感じで、
「無理です。お引き取りください」
と言い、傍らに立っていた女性も、いかにも私に帰ってほしい、という感じで深くうなずいていた。

私はムカついたので、自分が大切にしているおもちゃを彼らから受け取り、破壊されないよう隅っこの方にそっと置いた後、
ツカツカと度付きサングラスの所長の前に行き、そいつの茶髪を掴んで、
「なんだその態度は!!!!!」
と叫んで、思いっ切りテーブルに頭を打ち付けた。
木製のテーブルに硬いもの(この場合は所長の頭)が激突する、すごい音がした。
そのいきおいで、テーブルは真っ二つに割れてしまった。
所長はテーブルにおでこを激突させ、テーブルを突き抜けて、その勢いで床にも頭を打ち付け、気絶してしまった。

「ちょっと、暴力はおやめなさいよ!!」
女性があわててたしなめてきたのだが、「女性に暴力をふるうわけにはいかない」と思い、それは無視した。
女性も声を荒げるだけで、私に近づいてこようとはしなかった。

残りは「ピョンさん」という小男だ。
コイツは私が暴れ出したと見るなり、すばやく自分のいるところから後ろに飛んで移動した。
高い身体能力を持っていることがすぐにわかった。
私は、ピョンさんが白衣のポケットから短い棒のようなものを取り出して右手に握り込んだのを見逃さなかった。
てのひらから素早く出したり引っ込めたりして使う、古来から伝わる特殊な武器だ。

しかしそんなものは、体重二百キロの私のタックルには何の意味もない。
そもそも、武器を取り出したところを私に観られているというだけで、身体能力はあるが戦闘の経験が少ないことがわかる。
私はじゅうぶんな助走をつけ、「ピョンさん」に猛タックルをかます。
彼はものすごい勢いでぶっとんで、背後の窓から外に落下していった。
まあここは一階だから、たいしたケガはないだろう。

残った女性はガタガタ震えていた。白衣のポケットからガラケーを取り出して警察を呼ぼうとしたので、サッとそのガラケーを奪い取り、その場で踏んづけて破壊した。

三人をほったらかして、ボードゲームが積まれた暗い通路を通って外に出ると、どこから来たのか身長二メートル以上の、ガタイのいい白人男性が二人、黒人男性が一人、外で待ち構えていた。
ボディガードなのか?
なぜあの三人にボディガードが必要なのか?
考えてもわからなかった。
私はふだんから持ち歩いている胡椒爆弾を、その三人に投げつけた。
胡椒が四散し、三人がそれを吸い込んでくしゃみや咳をしているうちに、空は急にかき曇り、突然の土砂降り。
いわゆるゲリラ豪雨だ。
情緒もへったくれもない雨だ。

そこにちょうどタクシーが通りかかったので、それを拾って、私は濡れずに帰宅することができた。

数週間後、同じ場所に行ってみると、建物はなくなり更地になっていて、「ごめんね」とひらがなで書かれた石碑のようなものが建っていた。
だれが建てたんだ? こんなもの。

その後、ミサイルが落ちてきて人類は滅亡した。

おしまい


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