優良遺伝子とはなにか

新しい優生学として遺伝子治療をindicateするnoteがあるけれど、

遺伝子治療ってベクターに遺伝子を入れて細胞内に放りこむだけだからゲノムそのものを改変するわけではない。ゲノムに変異を導入する技術はGenome editingであり、これはデザイナーズベビーのように確かに「優良遺伝子」のみを持つ子供の出現する可能性があるとして倫理的に問題になっていると思う。日本ではヒトに対するGenome editingは原則禁止されているはずである。

問題は「何が優良遺伝子であるか」という定義ができないことである。

良い例がSickle cell anemiaであろう。

Sickle cell anemiaー鎌状赤血球症は赤血球の構造を規定する遺伝子の異常が原因で起こる疾患である。赤血球は肺で取り込んだ酸素を体の各部位に運ぶ働きをしているが、Sickle cell anemiaでは本来満月のような丸い赤血球が三日月のようになるために、運ぶことのできる酸素量も減少してしまう。多分、脾臓では形態異常の赤血球としてガンガンぶっ壊されてしまうために、数も減ってしまいやすい。このため、貧血症状をあらわしてしまう。正常の赤血球を持っている人に比べて運動すると酸素不足で喘いでしまうことであろう。

普通に考えればSickle cell anemiaの遺伝子は「不良遺伝子」と言えるだろう。けれどもこの遺伝子を持つ家系は長年、生存競争に敗れることなく命脈を保ち続けてきたのである。

この人たちは熱帯のマラリア流行地域に住んでいるわけである。マラリアは三日熱マラリア、四日熱マラリア、熱帯熱マラリアなどいくつかの種類があり、蚊によって感染が拡がってゆく。結構感染した人が死ぬので恐れられている病気である。トランプ大統領がこのマラリアの治療薬は新型コロナウイルスにも効くんじゃないかと騒いだので一時話題になった。(今では効果は否定的であるようである)

このマラリアは赤血球に感染する。私も実物は見たことがないが、学生の時に大学にマラリアを研究されていた先生がいたので、赤血球にマラリア原虫が感染している写真をスライドで見せてもらったことがある。このマラリア原虫は鎌状になった形態異常の赤血球にはうまく感染することができない。つまり、熱帯地方でマラリアが流行すると正常形態の赤血球を持つ「優良な」人々はどんどんマラリアに感染して倒れていったわけである。一方、鎌状赤血球を持つ人はマラリアに感染することなく健康を保っていられたわけである。

さて、マラリアの流行する熱帯地域において正常形態をもつ赤血球の遺伝子と鎌状赤血球の遺伝子とどちらが優良な遺伝子と言えるのであろうか。

もちろん、言いたいことは「どちらの遺伝子が優秀である」ということではなくて、「時と場合によって優秀かどうかは変わる」というだけのことである。

ある固定された遺伝子は特定の環境では最高のパフォーマンスを叩き出すかもしれないが、環境が変われば一気に適応できずに滅びさるリスクも負うわけである。

子供がみんなスポーツ万能で頭脳明晰で顔は古代ギリシャの彫刻のようになれば親は喜ぶのかもしれない。しかし、生き残るには鶏の鳴き真似が必要なことがあるのである。



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