風邪について(III)ー体温と発熱

風邪には様々な合併症が知られている。合併症にもしばしば合併するものもあれば稀にしか合併しないものもあるが、そのうちのいくつかについて紹介したい。この項は体温について述べる。

(1)発熱

発熱は通常は風邪の一般的な症状として認識されている事が多い。けれども、多くの風邪患者は「熱が出たから病院に来た」などと受診のきっかけにすることも多いし、熱が下がったため出勤を再開するなど、風邪症状の重症度の目安にしている事が多い。

人間は恒温動物であり、体温についてはおよそ一定の温度に保つように恒常性(ホメオスタシス)が保たれている。もちろん、極限状態に到れば低体温症で凍死したり熱中症に至る事がある。人間は恒常性が保たれているときには一般に36.0〜37.4℃の皮膚温を示す事が多い。ちなみに直腸温などの深部体温は皮膚温より0.5℃程度高い。日本では体温は皮膚温である腋下温を測定する事が多い。乳児では顎の下で測ることもあるよね。

体温が一定に保たれるメカニズムを簡単に説明すると、脳の視床下部に体温調節中枢が存在する。この体温調節中枢には「体温を何度にしよう」という設定が決められているらしくて、その温度に近くなるように熱の産生や放出が行なわれているということである。

熱の産生は主に筋肉で行われる。寒い時期に運動をすると次第に体が暖まってくる経験をした人も多いのではないか。筋肉が動くと熱が発生するのである。効率的な筋肉による熱産生の方法は「震え」である。急に寒いところに出ると震えるのは体温調節中枢が熱産生を指令したという事であろう。

もう一つの熱発生源は褐色脂肪細胞である。「あーだから太った人は暑苦しいのか」というとそういうわけでもなくて、脂肪細胞には白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞がある。普通に肥満などで脂肪を貯蔵し、膨張してゆくのは白色脂肪細胞である。褐色脂肪細胞はミトコンドリアを多く含むため褐色に見えるそうで、脂肪を消費して熱産生を行うそうである。また、ベージュ脂肪細胞というのもあって、寒冷刺激で白色脂肪細胞から分化誘導され、褐色脂肪細胞のように多数のミトコンドリアが脂肪を消費して熱産生するらしい。(https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2017.890917/data/index.html)

余談であるが、同じ運動をしたときに消費されるカロリー量は体重の小さい人より体重の大きい人の方が大きくなるので太っている人が暑苦しいのは体の容積が大きくて圧迫感を感じるという心理学的効果と実際に放出される熱量が大きいという事が理由なのかもしれない。

熱の放散は二段階に分けられる。第一段階は体の中心に溜まった熱を血流に乗せて皮膚まで運んでゆく。第二段階は皮膚に運ばれた熱を持った血液が皮膚の毛細血管で大気中に熱を放散するというプロセスになる。皮膚の毛細血管が拡張すれば皮膚を流れる血流量が増え、大気へ放散する熱量が増える事で体温が下がってゆく。一方で皮膚の毛細血管が収縮すると大気中へ放出される熱量が低下するので体温が維持されることになる。また、発汗すると、汗が蒸発する時に気化熱として体温を奪うので体温を下げることになる。

風邪に付随して起こる体温の上昇は視床下部にある体温調節中枢の設定が動くことによって高体温へ体温調節が行われる。この設定を動かす物質は一つには内毒素であり、一つにはインターロイキン1(IL-1)である。内毒素とは細菌の細胞壁を構成するリポ多糖体である。即ち、細菌感染時に免疫細胞に殺された細菌が増加すると、その細胞壁(細菌はヒトの細胞と異なり、植物のような細胞壁を持つ)の成分であるリポ多糖体が増加し、体温調節中枢に作用して体温を上げる方向に働く。また、細菌感染だけでなくウィルス感染の時にも白血球が炎症性サイトカインを産生し、様々な作用を引き起こす事が知られるようになってきた。その中で最初に見出されたものがIL-1である。IL-1はシグナル伝達を担う微量タンパク質であり、体温調節中枢に体温上昇のシグナルを伝達する内因性発熱物質としての作用を持つ。IL-1はそれ以外にも様々な免疫細胞に信号を伝達し、炎症反応の媒介を行っている。これらの内毒素や内因性発熱物質による刺激はプロスタグランジンE2(PGE2)により体温調節中枢に作用して発熱を促すことになる。

風邪を含む感染症において高体温を来すことは身体には全身倦怠感や不快感を来すため、以前は発熱そのものが感染の本態であり、解熱させる事が感染からの回復に必須であると考えられ、解熱剤の開発が精力的に行われたが、近年は、高体温により細菌やウィルスの増殖を抑えることが知られるようになり、むしろ発熱は感染の悪化を抑えようという働きであるとされるようになった。現在では発熱に対する解熱は根治療法ではなく対症療法であると認識されるようになっている。

一般に風邪を含む感染症による発熱は40.5℃までである事が多く、通常は42.0℃を超えることはない。体の組織は脳を含めて42℃を超えると組織傷害性を示し、損傷が起こりうる。強度の脱水や熱中症の時には体温が42℃を超え、脳障害や組織障害が起こる事がある。

(2)低体温

一般に風邪では発熱(高体温)を経験しやすいが、低体温を示すことは稀である。一般に感染症で低体温を示す場合には重症感染症を示唆する事があり、致死率が高くなる。新生児や高齢者では低体温を示す患者をみることがある。

(3)小児の高体温

小児では免疫系が未熟であり、特に高体温で感染に抵抗しようという体の働きが多く見られるため、風邪などの感染症で発熱することが多く見られる。感染初期には平熱であっても、悪寒戦慄を伴って急激に発熱を認める場面にもしばしば遭遇する。急に寒気を訴える場合には毛布等を掛けて温めてあげる方が良い。悪寒戦慄時には顔色不良となり、口唇チアノーゼを認める場合がある。数分から十数分で熱さを訴え、その時には発熱が認められることが多い。顔色はやや紅潮して、口唇チアノーゼは消失していることが多い。その時には毛布を取り去って冷やしてあげる方が良いこともある。

小児の発熱時には四肢の血管が収縮しやすいため、体幹には著明な熱感があり、四肢末端には冷感があるため保護者が不安を訴えることがある。その時には手足を毛布で温めても良い。

小児の発熱時の冷庵法として簡便なものは氷水に浸して絞ったタオルを額に当て、冷やすというものがある。氷枕を首筋に当てるという方法も良い。腋下や鼠蹊部等の動脈が皮膚近くに露出している部位を氷等で冷やすという方法もあるが、子供が嫌がる場合には無理に行わない方が良い。

高熱時には不感蒸泄が増加するために特に体の小さな小児では脱水の危険がある。水分は少量づつ摂取させた方が良い。24時間以上排尿がない場合には脱水を疑い医療機関を受診させた方が良い。

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