見出し画像

超能力研究所からの脱出のレビュー:欲ばり過ぎた作品

マーダーミステリーは犯人探しが主目的ではありますが、ジャンル自体は融通無碍であり、ほかのアナログゲームのさまざまな要素を詰め込むことができます。
TRPGのようなキャラクターになりきってのロールプレイ、人狼などの正体隠匿系のような論理的な思考、ボードゲームのような個人の得点を最大化させるための行動、脱出ゲームのように1つの目標に向かってみんなが力を合わせる協力戦などです。
実際、マーダーミステリーは百花繚乱で、日々新たなスタイルの作品が生み出されています。
その中で『超能力研究所からの脱出』は「マーダーミステリー×脱出ゲーム」という切り口で、Zoomを利用したオンラインプレイ作品です。

異質な何かと何かを組み合わせるという弁証法的な考えは、新たなものを生み出す揺籃になります。デジタルゲームを含め、ゲームの世界でも弁証法的思考法から数々の新ジャンル、名作が生み出されています。
ただし成功できるのはうまく止揚できた時であって、2つの要素が対立したままでは互いの良さを殺して終わってしまいます。
本作はうまく止揚してジンテーゼを生み出せたとは言い難く、マーダーミステリーとしても脱出ゲームとしても満足できる体験に仕上がっていません。

最も大きな問題は「マーダーミステリーとしての犯人探し」、「脱出ゲームとしての脱出」という優先度が同じくらい重要な目標が2つあり、それに対してプレイ時間が圧倒的に足りていないことです。
本作のプレイ人数は8人、プレイ時間は80分です。ということは1人あたりの持ち時間は10分間です。
その中で各プレイヤーが犯人探しのアリバイや証拠の開示を行いつつ、脱出の手がかりも集め、さらに個人の目標も達成するとなれば、相当に難易度が高いことが想像できるでしょう。

マーダーミステリーとして楽しむのであれば、キャラクターになりきってのロールプレイ、証拠を元にした論理的な推理が求められます。しかし時間設計がかなりタイトで、ロールプレイ重視では研究所から脱出するという目標の達成は相当に困難です。
一方で脱出ゲームとしての脱出を重視した場合、キャラクターは単なる役割、コマに成り下がります。個々のキャラクターの心情やストーリーを追う時間はなく、キャラクターに没入することなく謎を解いていかざるを得ません。配役されたキャラクターを通してゲームを見る没入した視点ではなく、プレイヤーというメタ的な存在の俯瞰視点でプレイすることになります。

個々のキャラクターにはきちんと背景があり、ドラマも用意されています。またゲーム開始前にはキャラクターになりきって楽しんでほしいというGMからのメッセージもあります。しかし実際にゲームが始まると、それを味わう余裕はありません。持ち時間10分でロールプレイに3分使ったら、残りは7分しかありません。
作者から提示される結末についても、キャラクターの心情を考えると納得しうるものとは言いがたく、きちんと物語を消化した終わりを迎えることはできませんでした。
犯人探しに関しても導線が丁寧とはいえません。
マーダーミステリーにおける犯人探しの推理は論理的であるべきで、蓋然性の高さで推し量るべきではありません。量子論的な世界ではなく決定論的な世界であるべきです。
また「語りえぬものについて黙るのではなくあえて語る」必要があります。この点はGMの解説を聞いても納得できませんでした。

脱出ゲームの視座からみると「情報共有と役割分担が重要」というのが普遍的な格率ですが、マーダーミステリー的な要素が混乱のもとになっています。マーダーミステリーがメインで脱出ゲームは要素の1つという位置づけであれば、かえって混乱が生まれなかったのでしょうが、幸か不幸か脱出ゲームとしても本格的な作りになっています。
脱出ゲームではプレイヤー同士が協力することが大前提ですし、途中での作業分担はあるにせよ、各プレイヤーが持っている情報は均質化されているべきです。しかしマーダーミステリーでは犯人とそれ以外という明確な対立がありますし、それ以外にもキャラクターの個人目標による対立があり得ます。
その中で情報共有と役割分担を行うのが難しいであろうということは容易に想像できます。脱出を妨害しようと企図しているかもしれない相手に手がかりの探索を託すことはできません。

また脱出ゲームでは1つのステップをクリアすることで次のステップが公開されるというように順次情報が公開されていきますが、マーダーミステリーでは大量の情報がゲーム開始時点から公開されます。これがZoomによるオンラインプレイと組み合わさることで、情報共有が非常に困難になっています。
Zoomでは同時に発話できるのは1人ですし、誰がどの情報を読んだのか把握することが難しく、情報の整理係を設けるのも現実的ではありません。

1つお伝えしたいのは、『超能力研究所からの脱出』のマーダーミステリー部分も脱出ゲーム部分もクオリティは高いということです。
それゆえに2つが競合してしまい、かえって全体としてのゲーム体験が下がってしまっています。
ほかのマーダーミステリー作品でも脱出ゲームを本格的に取り入れて成功している作品はなく、喰い合わせが良いジャンルではないのかもしれません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?