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輪転の劇場のレビュー:プロの矜持を見た

こんな人に特におすすめ:マーダーミステリーというイマーシブな体験をしたい方

すぐれたマーダーミステリー作品に共通しているのは、確立したビジョンやそれに基づいたストーリー、エスカレーションがあることであり、「輪転の劇場」もそれらを備えた良作です。
飛び抜けて何かの要素が優れているという尖った作品ではありませんが、あらゆる方面で微に入り細を穿つ配慮がなされていて、それらのエンターテイナーとしての気概が作品全体のレベルを押し上げています。
「輪転の劇場」で最もこだわっているのはリアリティで、それが本作を名作たらしめているのですが、一方でリアリティを追求することでゲームというよりはイマーシブな体験のような作品に本作を仕立ててもいます。

マーダーミステリーでは限られた時間、状況で発端から結末までを体験するため、実際に殺人が起きてもそんなことはしないであろうという現実から乖離した設定がいくつか受け入れられています。
たとえば警察でもないのに事件現場を探る、他人の持ち物を勝手に持ち去る、犯人かもしれない相手と2人きりで密談する、なにをしていたかみんなが時間をはっきり覚えているなどです。
本作ではこうしたマーダーミステリーと現実で整合性が取れない不自然な箇所と真摯に向き合い、それらの解決を目指した工夫が随所に見られます。
抜本的な仕組みを何か1つ導入するというより、細かな創意の積み重ねがリアリティを醸成していて、そこに確固たる作者の意図(ビジョン)を感じさせます。

キャラクターの濃淡が出ないストーリーラインに裏打ちされ、没入感、個人戦、推理の3要素はどれも高いレベルで仕上がっています。
濃淡が出るのはメインストーリーに関われない人物が出てくるからですが、それが起きないように主軸たり得るストーリーが複数用意され、登場人物が必ずどれかに絡むようになっています。
情報が出るタイミングもコントロールされていて、エスカレーション(盛り上げ、進行の組み立て)が制作段階から検討されていたことが窺われます。
またGMのマスタリングや演出には良質なエンターテイメントを提供するという意気込みを感じます。感心したのはプレイした人だけが閲覧できるGM日誌で、ゲームの進行がどうだったか、プレイヤーがどういった行動を取ったのかが、GM目線から分単位で書かれています。

1つ1つは革新的な仕組みや工夫ではなく「当たり前のことを当たり前にやっている」と言えるのですが、それを作品全体、さらにはGMや演出とあらゆる方向で徹底しているところにプロとしての矜持を感じます。

ただそうであっても完全無欠というわけではありません。
1つは理知的に制作されているがゆえに情緒的な作品ではないという点で、要するにエモい作品ではないということです。これは好みもあるので一概に欠点と言えるわけではありません。

もう1つはリアリティを追求することが、「犯人探し」というマーダーミステリーの根本やゲームという様式を否定することになっているのではないかということです。
実際にクローズドサークルな環境で殺人が起きたとして、我々は犯人を探そうとするでしょうか?
犯人を見つけなければ自分にも害がおよぶ、警察があてにならなくて大切な人を殺した犯人に逃げられてしまうといった状況であればともかく、そうでなければ現実での答えは否となるでしょう。特にその場で達成すべき個人的な目標が別にある場合はなおさらです。

ではなぜマーダーミステリーでプレイヤーは犯人を探すのかというと、究極的にはマーダーミステリーというゲームにおいて犯人探しが勝敗に関わっているから(=ゲームだから)です。
リアリティを追求していくと、犯人探しなんかよりも大事な成し遂げるべきことがあるキャラクターが出てきますが、そのキャラクターが犯人探しの動機を失ってしまえば、犯人対それ以外という対決の構図が失われます。

「輪転の劇場」では犯人探しやそれ以外の目標をそれぞれのキャラクターが持っていて、個々人はその達成を目指しますが、それぞれがどんなキャラクターで何を目標にし、それが達成できたのかという答え合わせの時間はありません。
自分が演じたキャラクターについてはもちろん理解しているでしょうが、明確な勝敗や優劣の判定はありません。
マーダーミステリーはプロセスや体験が大事だとはいえ、勝敗があるゲームとして捉えている人にとっては不完全燃焼な感覚が残るでしょう。
「輪転の劇場」はマーダーミステリーであるとは言い切れますが、マーダーミステリーゲームかと問われると確たる答えがありません。
またそのような作りになっているのに、犯人を見つけられたかという競合が最も重要であるかのようなプレイ後のGMの言動にはダブルスタンダードを感じました。

ゲームかどうかという定義はさておき、イマーシブな体験したいのであれば些細に見える点まで配慮されている良質なマーダーミステリーであることは間違いありません。

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