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バベルの末裔のレビュー

※本投稿は2020年2月に書いたレビューの再構成バージョンです。
こんな人に特におすすめ:わちゃわちゃ感を楽しみたい方、エモい作品を求めている方

全体としては、傑作とまではいかないですが、プレイすれば楽しく遊べる作品です。メインのストーリーラインやロールプレイをサポートするシステムはなかなか良くて、情動的な体験ができます。
最近のマーダーミステリー作品はエモさが求められていますが、良い意味でその時流にうまく乗っています。

全体のストーリーや展開が感動できる、面白かったというのは良い作品にとって大前提ではありますが、それだけでは重々しい作品になってしまいます。作品として望ましいのは、大きな報酬(全体が面白かった)があるだけでなく、その場その場ですぐに実感できる小さな報酬があることです。
脱出ゲームでいえば、1つ1つの謎を解いていく楽しさを積み重ねていった先にストーリー全体の謎(大謎)を解き明かす快感があるという構造です。大謎を解くまでは何の快感も得られないとなると息苦しい作品になるでしょう。
マーダーミステリーは没入感、個人戦、推理という3つの要素があるので、それに紐づけてさまざまな報酬を用意できます。

バベルの末裔でもわちゃわちゃしたギミックが頻繁に発動するようになっていて、それだけでも楽しいと感じられるようになっています。
そしてその先におちゃらけだけでなく、きちんと情感のある大きなストーリーがクライマックスとして用意されています。

ただ全体を俯瞰して、良いところばかりでなく気になる点が2つありました。
1つ目は、担当したキャラクターによってかなり体験に濃淡があることです。
メインのストーリーラインに絡むキャラはかなり満足度が高い体験ができる一方、そうでないキャラは傍観者にしかなりえず、ややもすると疎外感を受けることになります。

マーダーミステリーにおいてはすべてのプレイヤーが平等であるべきです。
一度しかできない体験に対して同じ時間、同じお金を払っていて、かつ主役や脇役といった手がかりが何もない状態で選んで、たまたま主役、脇役に分かれてしまうのはフェアではありません。
たとえば前情報なしでキャラを選んでから、配役が悟空、悟飯、ベジータ、トランクス、ピッコロ、クリリン、ヤムチャ、餃子と判明して、自キャラがヤムチャや餃子だったらどうでしょうか。
これは様々な作品でありがちな問題なので本作に限らず普遍化して考えるべきことですし、かつマーダーミステリーの構造上で仕方ないということではなく作者が熟慮すれば回避できることです。

もう1つはシステムとゲーム設定が合っていないことです。
「芸能事務所の次期社長を巡って後継者が争う」というのがストーリー概要で、そのために社長候補たちはいろいろと派閥工作を仕掛けます。
その中のある行為が、なぜ派閥拡大に結びつくのかよくわからない、むしろ事務所にとってマイナスではと思われることを行うことになります。ロールプレイ的には許容できないが、ゲームの勝利を目指すためにはやらざるを得ないという葛藤が生じます。
またそれに付随して、共闘すべき状況が生まれた時に、ルール的な曖昧さから利害が対立している者同士がにらみ合いになったまま動けない状況が生まれます。
囚人のジレンマ的なスティールメイトで、もちろん犯人探しにも大いに影響があって足を引っ張ります。しかも推理面での詰めが甘くて、素直に犯人を見つけられる構造ではなく、思考の飛躍が必要になります。
個人目標の追求と犯人探しがバッティングすること自体は構いませんが、であるならばそれを考慮した推理要素の度合いでないと犯人にはたどり着けません。

システムがゲームに合っていないのは、この作品が別のとある作品に非常に強い影響を受けているためです。
影響元からアレンジされた部分がうまくかみ合わず、元で良くなかったシステムが踏襲されてしまっています。またシステムの流用によって元では合理的な行動だったものがあてはまらなくなり、不可解な行動を取る人物が出てきます。
傑作を参考にすること自体は構わないのですが、自分の作品に当てはめたときに元のままでふさわしいかは考えるべきでしょう。

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